#004 のどかな土地に立つ、大きな屋根の家。

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鈴木 亮平

新潟市在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。

公園を見渡す、開放的な暮らし

三条燕インターチェンジから車で3分。中之口川にほど近い土地に川本さん家族が暮らす家は建っている。周囲には住宅に混じって畑も多く残っており、どこかゆったりとした雰囲気を感じさせる。とりわけ、川本邸にゆとりを感じさせているのは、北側の道路を挟んだところにある大きな公園の存在だ。

「この公園は以前衛生処理場があった場所なんです。ちょうどその処理場が移転する時期にこの土地を見つけて。そういう場所だったから、臭いがするとかで、あまり人が住みたがる土地ではなかったみたいで。そのせいか、近くの別の土地と比べて安めでした」(奥様)。

その後処理場跡地は大きな公園に生まれ変わった。その奥には中之口川が流れていて、川本邸からは、そんな広々とした風景を楽しむことができる。跡地が公園になることまでは知らなかったそうだが、結果的に最高のタイミングで土地を購入できたと言える。

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川本邸の2階から公園を見渡す。その向こうには中之口川が流れている。

この家を設計・施工したのは、隣の三条市にあるサトウ工務店。余計な装飾を削ぎ落とし、気密断熱性、耐震性、景色の見え方や暮らしやすさなど、徹底的に合理性を追求した住宅を手掛ける個性の強い工務店だ。合理性を追求することで無機質になるのではなく、ミニマルな美しいデザインに仕上げられる。小規模な工務店だが、住宅専門誌などで紹介されることも少なくない。

実はこの家の主人である川本巧さんは、サトウ工務店で働く大工だ。この家を建てていた時は、サトウ工務店からの仕事を請け負う立場であったが、当然施工には川本さんご自身も携わった。そしてその後、サトウ工務店に入社して働くようになったのだそう。

設計はサトウ工務店の代表・佐藤高志さん。ご夫婦の色々な要望を聞いたうえで提案をしたのは、大屋根が印象的なシンプルなシルエットの家だ。北側から見ると2階建てだが、南側から見ると平屋のように見える。

「一番のポイントは、南北の抜け感です。日照条件の良い南側庭園から将来建物が建たない北側の公園へと、抜けるように開放感が感じられる間取りを考えました。実際の通風はあまりおすすめしていませんが、感覚的な風通しの良い家を目指しました」と話す佐藤さん。

そのため、家の中は間仕切りが少なく、家の中のほとんどの場所から、南側の庭も北側の公園も眺められる。

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大きな屋根が印象的なシンプルなフォルム。お隣は畑が広がるのどかな場所。
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南側から北側を見渡す。リビングの一角にはごろりと転がれる畳スペースも。
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造作のテーブルは、脚がないのですっきりとしている。36ミリ厚の天板で、力を掛けてもたわむことがない。奥の引き戸の先は寝室になっている。
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リビングの掃き出し窓越しに見る庭。深い庇で、夏の太陽光が屋内に入らないようにしている。
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玄関の窓の向こうには公園が広がっている。

築40年の借家から、ハイスペックな住まいへ

この家が建つ前は、近くの借家に10年ほど暮らしていたという川本さん一家。その前は三条市内のアパートに暮らしていたが、ご長女が生まれたのを機に、何かとサポートをしてもらいやすいようにと奥様の実家の近くの借家を見つけて住んでいたという。その後、2人目、3人目のお子さんが生まれ、現在は5人家族で暮らしている。

「古い借家だったんですが、とにかく隙間風がひどくて…。冬になると風呂場のサッシが凍るほどでした。居間にいても暖房を止めるとすぐに冷えますし、コタツが必需品でしたね。冬場の結露もひどかったです」とご夫婦。

一方、新しい住まいは、高性能グラスウールをたっぷりと充填した高断熱高気密住宅。冬はエアコンの温度を20度に、夏は26度に設定をして、24時間稼働させるのだそう。その方がエアコンのスイッチをこまめに切るよりも、消費電力が少なくて済むのだという。

大空間をたった1台のエアコンで無理なく稼働させられるのは、住宅が魔法瓶のような保温性能を備えているからだ。「私は人よりも寒がりなので、絶対に冬はエアコンだけじゃ無理と思っていましたが、住んでみたらとても快適でした。1年中寝るときは毛布1枚だけでいいと感じるようになりましたね」(奥様)。

取材に訪れた8月下旬のこの日は30度を超える真夏日であったが、玄関を開けた瞬間から、ヒンヤリと感じない程度のちょうどいい涼しさに保たれていた。また、室温だけでなく、空気自体が非常にすっきりしていた。

実はこの家の内装仕上げに使われているのは「モイス」と呼ばれる天然素材由来の仕上げ材。珪藻土のような多孔質の素材で、高い調湿消臭効果を持っているのだという。壁も天井も仕上げ材にクロスは一切使わずに、すべてがモイス仕上げ。それ故に、常に空気が清浄化されている。

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天井も壁も徹底的にモイスで仕上げられているので、空気はいつでも爽やかで気持ちいい。
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キッチンを囲むパネルもモイス仕上げ。
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広々とした玄関には、5人分の靴が収納できる造作のシューズボックスが。

広いウッドデッキ、その先には家庭菜園が

建物南側には、端から端までウッドデッキが設けられている。リビングの特注サイズの掃き出し窓は引き込み式になっているので、開放すると幅4.4mもの大開口でデッキと繋がる。その先には畑と現在作り込み中の庭がある。

「庭や畑は実家の母が来てやってくれているのですが、ミニトマトやゴーヤ、ナスやピーマン、レタスなどを育ててもらっているので、朝収穫した野菜をお弁当に入れたりしていますね。ミニトマトは取れ過ぎたので、知り合いに配ったりしていました」(奥様)。

そして、広いデッキはまるで伝統的な日本家屋の縁側のような、内と外の中間のような領域だ。家族の布団やシーツを干すのにも余裕の広さを持っている。

春や秋などの過ごしやすい時期は、北側の窓から入る心地よい川風が南へと抜けて行くという。深い庇により、雨の日に掃き出し窓を開けていても、室内に雨が入り込むこともないそうだ。

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庭から見る建物南側は、長いウッドデッキが特徴だ。白い壁は越後杉の合板を白い塗料で塗装したもの。近くで見ると木目が味わい深い。
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大きな庇が夏の強い日射や雨から住まいを守ってくれる。

 

暮らしやすい機能的な間取り

ここまで川本邸のスペックや快適さについて触れてきたが、生活がしやすくなる建築的な工夫も随所に盛り込まれている。

例えば、入口がある北側は2階部分をせり出して、インナーガレージや庇をつくり出している。これにより、家への出入りはもちろん、車の出入りの際にも雨に濡れずに済む。自転車やご主人のジェットスキーも庇の下に余裕で収まっている。

また、キッチンの奥にある洗面脱衣室は広めにとってあり、サンルームを兼ねている。洗濯をしたらその場でたっぷりと干せるので、洗濯物を持って家の中を歩き回る必要もない。そして、ここの掃き出し窓は勝手口代わりにもなっており、朝畑の野菜を収穫する際の動線になっている。

また、玄関の横には5畳分もの広さの土間収納が備えられており、カー用品やアウトドア用品、除雪用のスコップや雨具などがすっきりと収まっている。

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北側ファサード。インナーガレージを備えた機能的な設計。
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2階部分をせり出したことで、玄関回りは雨をしのぐことができる。奥に見えるのはご主人のジェットスキー。ジェットスキーをけん引して寺泊の海へ行くことが多いそう。
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キッチンの奥にある洗面脱衣室。3本の物干しにより、たっぷりと部屋干しができる。
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きれいに造作された洗面台。
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玄関横には5畳分もの収納スペースが。

子どもたちが伸び伸びと遊べる家と周辺環境

暮らしやすい機能性がしっかりと考えられているからこそ、シンプルで気持ちのいいワンルームが無理なく実現されている。

2階は小学校6年生のご長女の部屋以外は仕切りのないフリースペースになっていて、リビングと一体の空間だ。「下の子たちが個室を必要とする年ごろになったら、間仕切り壁を付けたり、家具で仕切ったりしようと考えています。自分が大工なので自分でできますしね(笑)」(ご主人)。

仕切りを付けないことで、1階からは2階の窓越しに空が眺められ、とても開放的な気分を味わえるし、子どもたちも広いスペースで伸び伸びと遊ぶことができる。

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仕切りのない2階には北側の窓から明るい光が差し込む。奥はご長女の個室。
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反対側から2階を見渡す。1階の床はアッシュで、2階の床はパインを使用。
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2階から見渡すリビング全景。すっきりとしたデザインの鉄の手すりは、長岡の鉄工所で製作してもらったもの。
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2階から階段を見下ろす。勾配天井により、空間のダイナミックな広がりを楽しめる。

「借家の頃は子どもたちが狭い部屋で遊んでいましたが、今は、リビングや2階、庭や向かいの公園などいろいろなところで遊べるようになりましたね。公園にいても目が届くので安心できますし。前の家は車通りが多い場所に立っていて子どもが外に出るのも危なかったのですが、この場所に来てそういう心配もなくなりました」(奥様)。

家族5人が心からリラックスして気持ちよく暮らせる住まい。

それは、性能や機能といった合理性を突き詰めることで実現されている。

「見えない場所ですが、壁や天井には隙間なく断熱材が詰められています。そして、内装の仕上げにしているモイスは、均一の幅の目地をとりながら家中に貼っています。ごまかしがきかないので、この施工はとても難しいんですよ」(ご主人)。

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モイスは目地を全て揃えて貼っているので、とてもすっきりとして見える。

考え抜かれた設計と、それを形にする施工技術。サトウ工務店の住宅はその2つがしっかりと重なり合うことで生まれている。

情緒的な豊かさと、性能の高さ、そのどちらかに偏るのではなく、川本邸はそのどちらも高いレベルで実現されている。

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ダイニングからは、2階で遊ぶ子どもたちの様子がよく見える。
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階段も造作で作り込んでいるので、空間との一体感が感じられる。幅木を省略し、建具の木枠も極限まで薄くするなど、細やかな設計となっている。

 

川本邸
所在地 燕市
延床面積 135.39㎡(40.87坪)
竣工 2014年10月
設計・施工 サトウ工務店
サトウ工務店Facebookページ

(写真・文/鈴木亮平

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鈴木 亮平

新潟市在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。