鈴木 亮平
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穏やかな時を愉しむ、くつろぎの椅子
ゆったりとした座面に、背中を優しく包む滑らかなカーブ。
座ってみると、その瞬間に時間の流れるスピードが緩やかになるのを感じられる。
心地よい曲線の背もたれに体を預けたら、目の前で湯気を上げる一杯のコーヒーを飲み終えるまで、何かを考えるのをやめてみよう。
そんな気持ちにしてくれる椅子だ。
時々、最初にあいさつを交わした瞬間に相手の緊張を解きほぐし、リラックスした気持ちにさせてくれる稀有な力を持った人に出会うことがある。
この椅子に座った時の第一印象は、その感覚に似ていた。
名前はHERA CHAIR(ヘラチェア)。気品のある佇まいの椅子だが、その由来は肘掛けの形が台所にある「へら」に似ているからだという。そのギャップに親しみが一層深まる。(また、ギリシャ神話に登場する最高位の女神HERAの意味も併せ持っているという)
椅子でありながら、どこか「人」のように感じられるのもHERA CHAIRの特徴のように思われた。
糸魚川の工務店で生まれたHERA CHAIR
HERA CHAIRが作られているのは、新潟県糸魚川市。
長く伸びる新潟県の海岸線の中で最も南西に位置する街で、約4万人が暮らしている。
寺島という地区にある有限会社匠-TAKUMIがHERA CHAIRの製造元だ。匠-TAKUMIは、代表の渡辺智紀さんが営む工務店で、渡辺さんを含む3名の大工職人と1名の家具職人の4名で構成。
プレカット工場で加工された構造材を現場で組み立てるのが近年の木造住宅施工の主流だが、あえてその流れには乗らず、職人の手で墨付けや加工を行う。材料となる木材を自社の敷地内で時間を掛けて天然乾燥させるなど手間暇を惜しまないが、その姿勢は、品質に対して自社で責任を持ちたいという気持ちの現われでもある。
2階建ての工場にはたくさんの木材と加工機械が並んでおり、構造材の加工から家具づくりまで、あらゆる木材加工に対応できる設備が整えられている。
そんな匠-TAKUMIが近年注力しているのが家具づくりだ。2018年に家具職人の長内優依さんが加わったことで、家具事業に本格的に力を入れる態勢が整った。

「元々、大工がつくる家具が大嫌いだったんです」という渡辺さん。
「ダサくて、ゴツイ。だからと言って何でも建具屋さんにフラッシュ家具(芯材と化粧板を組み合わせて作る家具)を発注すると、お客さんの予算に合わないケースが出てきます。それで、自分たちで家具を作れたらいいなと考えるようになったんですよ。
そんな時、六日町の建具屋さんが事業をたたむという話を聞き、機械をごっそり売って頂きました。それでフラッシュ家具を作れるようになったんです。6年くらい前のことです。
最初は面白かったんですが、今度はだんだんと無垢の家具を作りたいと思うようになりました。ただ、テーブルは作れても椅子は作り方が分からない。どうしようかと考えていた時に、『削ろう会』という団体の全国大会で家具職人の長内に出会ったんです。そこで『うち家具職人が欲しいんだよね~』なんて話をしたら、『行っていいなら行きたいんですけど』と言うんです。最初は社交辞令かなと思ったんですが、本気だということが分かり、4年前に糸魚川に来てもらいました」。
長内さんは「当時、家具屋さんで働いていましたが、そこではフラッシュ家具を中心に扱っていました。無垢の家具を作る仕事をしたいと思っていたところで親方(渡辺さん)に出会い、関東から引っ越してきたんです」と話す。
試行錯誤を繰り返し、辿り着いた曲線美
大学を卒業後に一般企業に就職するも、椅子を作る職人になりたくて家具職人の道に転向したという長内さん。「まず、見て楽しめる椅子を作りたいという目的がありました。どこから見てもきれいで座り心地もいい椅子を作りたいと思い、2年前に現在のHERA CHAIRの原型となる椅子を作ったんです」。
くつろげるように肘掛けを付けたダイニングチェアで、読書をしたりコーヒーを飲んだりして過ごすリラックスチェアの要素が盛り込まれた。気持ちよく座れること目指し、全体的に丸みのあるデザインにしているのも特徴だ。
しかし、その椅子を見た渡辺さんの反応は厳しかった。「最初の椅子は笠木がぼてっとしていて、その時点ではかっこいいとは思えなかった」と渡辺さん。そして、そこから渡辺さんが鉋で削り、笠木の重く見えた部分を削ぎ落していった。
それを二人で見直し、さらに削るという試行錯誤を繰り返しながら、徐々に流れるような美しい曲線を持つ椅子に洗練されていった。そこにたどり着くのに10脚もの椅子を試作したという。
そうしてできあがったHERA CHAIRは2020年にウッドデザイン賞を受賞。そこからさらにブラッシュアップを重ね、2021年、生き物のように滑らかでメリハリのあるラインができ上がった。
角材から美しい椅子が仕上がるまで
笠木の背面は赤ちゃんのおしりのようにぷっくりとしているが、その上の方は細いくびれになっている。
その立体的で滑らかな曲線は、全て長内さんの手仕事で作り出されている。
椅子作りは角材から木取りをするところから始まるが、材料を無駄にしないために、隠れた割れを避け、歩留まりよく線を引く必要がある。
その後、丸のこや帯のこ、手押し鉋や自動鉋、ルーター、ユニバーサルサンダーなどの機械である程度の形を整えると笠木のベースができ上がる。
そして、そこからが本当の手作業のスタートだ。
刀や小刀、南京鉋、外丸鉋、平鉋などの刃物を使い分け、木目の流れを見ながら削り続けるという。
木目の流れに逆らうと刃が木にめり込んで裂けてしまうため、細心の注意を払う。また、削っていく過程で材料に描いていた線は消えてしまうため、感覚が重要になる。
鍛冶職人が作る刃物はオーダーメードで、自分で作った柄と組み合わせて手になじむようにカスタマイズする。切れ味を保つために刃を研ぐのも大事な仕事だ。
「削る時は無心になって作業をしています。目を閉じて触ったり、遠くから眺めたり、光を当てて影のでき方を確認したりを繰り返し、最終的にラインがきれいに通ったら完成です」と長内さん。
削り上げた椅子には目止め材を塗布し、それを一度研磨してからオイルを塗って仕上げるという。それにより、汚れが付きにくく、艶やかな椅子ができ上がる。
一般的には専門の職人が行う椅子張り作業までを、長内さんが一貫して作り上げるのも特徴だ。
「椅子張りまで行う家具職人は日本でも珍しいそうですよ。それに、自信を持って『うちが作りました』と言いたいので、できるだけ自社で完結させたいと思っています」(渡辺さん)。
椅子作りを通して、糸魚川の森林資源の活用を推進
HERA CHAIRは、輸入木材のウォルナットやメープル、チェリー、国産材のナラ、クリ、タモなど、さまざまな樹種で作れるが、杉やブナ、ホオノキなど地元糸魚川産の材料も積極的に活用している。
杉は強度の弱い白太は避け、赤身のみを使用。糸魚川の杉は削っていく中で「黒芯」と呼ばれる黒色の模様が現れることがある。建築材料では好まれない部分だが、その特徴を逆手に取り、自然がつくり出す唯一無二の意匠としての価値を提案する。
ブナは「糸魚川市の木」にも指定されている、この地域を象徴する木。しかし、その狂いやすさから木材としての活用が進んでいなかったという。そこで、渡辺さんと長内さんはブナ材をエアコンが効いた室内で存分に狂わせてから加工を行い、寸法安定性を高めて使うようにした。「木は切ってもなお生きているもの。木の特徴を読み、どう加工したら狂いを止められるかを考えるのも職人の仕事」と渡辺さんは話す。
ホオノキは杉と一緒に生えており、杉と一緒に伐採されているが、これまであまり流通されることがない木だったという。糸魚川名産のヒスイのように緑がかった色をしていることから、地元の材木店が「Jade Magnolia(ジェイド・マグノリア、ヒスイのホオノキ)」と命名し2021年に商標登録を行った。そんな地元の木の流通を促進するためにも、ホオノキの活用に力を入れているという。
全工程に職人の手が介在。量産できない椅子
職人が知恵を絞り、座り心地と美しさを追求して削り上げた椅子。生き物のようにうねる柔和なフォルムには、女性職人・長内優依さんの感性がにじみ出ている。この椅子に生命感や人らしさを感じるのは、全ての製造工程に人の手が掛かっているからかもしれない。
受注生産で3カ月以上の納期を要するHERA CHAIR。それは、製品としての物理的な価値だけでは測れない“何か”を感じさせる椅子だ。しかし、その“何か”は、説明するほどに伝わりにくくなるようにも思える。
安易に“手仕事は尊い”という類の情緒的価値を訴えたいわけではないが、この一脚の椅子には人間の凄みが確かに内在しているように感じられる。
椅子は毎日手に触れ、長い時間を過ごす小さな空間であり、器のようなものでもある。
人生の節目に「これぞ」という椅子を選び、長い付き合いを楽しもうと考えている人は、HERA CHAIRを候補に入れてみてはいかがだろうか。
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2022年2月2日(水)~15日(火)の期間、新潟伊勢丹(新潟市中央区八千代)1階にて行われる催事“NIIGATA 越品(EPPIN)”で、HERA CHAIRの展示・受注販売及び、家具職人・長内優依さんによる“削り”の実演が行われます。
普段見られない家具作りの技を見学してみてはいかがでしょうか?
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HERA CHAIRについて詳しくはこちら→You.i. from 匠
取材協力/有限会社匠-TAKUMI
写真・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平
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