#006 狭小住宅の中の大きなリビング。

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鈴木 亮平

新潟県聖籠町在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。

旧豊栄市は暮らしやすいコンパクトシティ

今は合併により新潟市北区となっている旧豊栄市。新潟市への通勤がしやすい場所だが、中心部でも高い建物が少なく、町の中心である豊栄駅から車で3分も走れば田園風景が広がる。田園の向こうには五頭連峰や、二王子岳、その背後には飯豊連峰が見える。

今回訪れたNさん一家が暮らす家は、そんな豊栄の住宅街にある。自転車で5分の距離に豊栄駅があり、商店街があり、大型スーパーも田んぼもある。

暮らしに必要なものがコンパクトにまとまっている上に、自然がすぐそばにあるのが、豊栄の町の特長だ。土地の坪単価も10万円~15万円で、阿賀野川を渡った先の東区の平均的な坪単価20万~25万円と比べてぐっと安くなる。同じ予算の場合、土地の広さは東区の1.5倍になり、周辺環境もよりのどかになる。

 

中古物件の検討から、小さな家の新築計画へ

N家は、Nさんご夫婦と幼稚園に通うお嬢さんの3人家族。以前から豊栄のアパートで暮らしていたが、アパートが手狭に感じ、持ち家を検討し始めた。その時にご夫婦が考えていたのが、割安な中古物件を購入してリフォームをすることだった。

「予算的に新築は難しいかも…、と思っていました」(ご主人)。中古物件を買ってリフォームをするという話は、以前から付き合いのあった建築士の井口哲一さん(建築設計事務所エヌスケッチ)に相談をしていたという。

実は、井口さんも建築士という立場でありながら物件探しを手伝っていたが、なかなかいい物件が見つからずにいた。そんな中で「Nさんが無理のない予算で新築ができないか?」と、こっそり土地探しもして、新築のプランを温めていたという。

「豊栄で線路わきの小さな土地を見つけたんです。小さな土地で、普通の住宅会社さんは嫌がるような土地だったので、かなり安く出ていました。そこに延床面積20坪程度の小さな家を建てる計画を立て、Nさん夫婦に提案してみたんです。」(井口さん)。

井口さんが新築を提案したのには2つの理由があった。1つは、妥協して選んだ中古物件を買ってリフォームをしても、掛かる費用の割には満足感が得られないと思ったから。もう1つは、素朴で小さな家でもNさん夫婦はうまく住みこなしてくれると思ったからだという。

中古物件探しをしていたNさん夫婦にとって、井口さんの新築案は唐突だったが、すぐにその提案に魅了されたという。予算は当初の予定よりも少し上がってしまうが、それまでの井口さんの実績も見たうえで、新築の計画を委ねることに決めた。

 

建築士を信頼し、22.5坪の小さな家を建てる

その後Nさん夫婦は、別の場所にもう少し広い45坪ほどの土地を見つけて、購入を決めた。偶然にもその時にお世話になった不動産屋が、ご主人の祖母の実家の家系であったことが後になって分かったのだという。「この土地に出会うまで遠回りをしましたが、何か運命的なものを感じましたね」とNさん夫婦は笑う。

井口さんの提案も当初より少しだけ広い提案に変わったが、2階建てで延床面積22.5坪というコンパクトさだった。

「特に自分たちにはこれといったこだわりもなかったので、井口さんに全てを任せることにしたんです。そう言えば外壁の色も『Nさんのイメージはこの色ですね!』という井口さんの提案を受け入れました(笑)。口出しをせずに任せることで、全体のバランスがとれて良い結果になったと思います」(ご主人)。

「ただ、工事途中の基礎を見た時はちょっと不安になりましたね。『えっ、こんなに小さいの?』って。実家の両親からも『車庫ができるのか?』と言われたりしました(笑)」(奥様)。

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建築面積は3間(約5.4m)×4.5間(8.1m)。たしかに、車庫のようなサイズ感。
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小さな家だが雁木のようなアプローチがゆとりを感じさせる。

 

本当に必要なものだけに絞り込む家づくり

予算を「中古物件の購入+リフォーム」よりも少し高い程度に抑えるという制約の中で、井口さんは必要最低限の家にすることに決めていた。

1階は2間×4.5間。18畳分の床面積だ。6畳の寝室に、2畳の浴室、2畳の洗面脱衣室。そこに玄関とトイレと収納と階段が付いている。

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6畳の寝室は開口部を少なめにして落ち着ける空間に。
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洗面脱衣室から寝室側を眺める。手前左はトイレと階段。右は玄関。
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逆に寝室から洗面脱衣室側を眺める。右はウォークインクローゼット、左のロールスクリーンを開けたところも収納になっている。

2階は3間×4.5間。27畳のワンルームとなっている。仕切るものがないワンルームは、高天井の大きな空間で、小屋のような外観からは想像できない開放感がある。四方に窓があるため、1日中家の中は明るく、風の抜けもいい。建物北西側にあるキッチンの後ろの小窓から風が入り込み、南東側の大窓へと抜けて行く。

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2階全景。仕切りがない上に高天井なので、とても開放的。色々な方向から光が入り込むので、どこにいても明るい。
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床には安価なラワン材を使用。正方形にカットし、リズミカルなデザインにした。
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キッチンやカップボードは全て造作。床と合わせてラワンで仕上げている。カウンターはラワンの無垢材で、施工をした若月商店の倉庫に眠っていたものを活用したそう。
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ロフトから見下ろすリビング全景。基本的にくつろぐときは床座で過ごすスタイル。

大窓からはゆったりとした住宅街の景色が眺められ、50m先には線路が見える。お嬢さんはここから眺める電車が好きで、踏切の警報機が鳴ると、次に来る列車が特急か貨物か普通列車か当てるのを楽しみにしている。

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大きな窓からは郊外ののどかな景色が見渡せる。
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庭のシラカシ越しに見る景色。ちょうど走ってきたJR白新線の普通列車が見える。

小さな家だが、間仕切りを減らして大胆なワンルームにすることで、大きなゆとりある空間をつくることに成功した。

「遊びに来る友達も『すごく広いね!』と驚くんですよ」(奥様)。

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機能がぎゅっと詰め込まれた1階とのギャップも、より広く感じさせる要因だ。

 

家族のそれぞれの好きな居場所が散らばっている

この家のお気に入りの場所を訪ねると、「窓辺の腰掛けですね」とご主人。奥様は「ソファに座ってアイスを食べる時間が好き」とのこと。ワンルームの中は、キッチンとダイニングテーブルがある他は、なんとなくの領域がつくられている。

部屋の一角はお嬢さんの遊び道具が置かれたコーナーになっているし、TVの前は座卓でくつろいだり寝転がったりするスペースになっている。窓辺や階段、ロフトに腰掛けて過ごすこともできる。

ワンルームなのでプライバシーはないが、家族がそれぞれ好きな居場所で気ままに過ごせるし、それがまたちょうどいい距離感だったりもする。

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2階の一角はお嬢さんの遊び場。将来的に柱を利用して間仕切りをつくることもできる。

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窓辺の腰掛はピーラー材の一枚板。ちょうどいい高さが心地よい居場所になっている。

「設計においては、その土地の特長を引き出すことや、そこに暮らす家族の住まい方をしっかりイメージすることを大事にしています。それは、表面的なデザインよりも何よりも大切にしていること。引き渡して数カ月後に訪れた時に、Nさんが『昔からここに住んでいるみたい』と話してくれたんですが、設計者としてその言葉は本当に嬉しかったですね」(井口さん)。

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エヌスケッチの井口哲一さんも窓辺の腰掛けがお気に入り。

「特に設計へのこだわりがなかった」というNさん夫婦。だからこそ、暮らし方も自然体だ。ダイニングチェアを除くと、部屋に並んでいるのはアパートに住んでいた頃から使っている家具がほとんどだという。表面が傷んでいたりするものもあるが、そこには温かな家族の日常生活の積み重ねが現れている。

家は背伸びをして手に入れるものではないが、予算が限られているからと言って悲観するものでもない。予算に合わせて最良の住まいを実現してくれる建築士と出会えることが、満足度の高い生活に繋がる。そんなことをNさん家族の暮らしから学ばせてもらった。

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ハイサイドライトの向こうには青空が見える。夜には星空や月が眺められる。
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小屋裏はご主人の音響機器スペース。レコードのコレクションにレコードプレーヤー、スピーカーが並ぶ。
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ご主人お気に入りのJBLのブルートゥーススピーカーは、リビングで音楽を聞くときに使うそう。
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取材時に出していただいたお茶の下には、家の雰囲気にマッチした無垢のカッププレートが。黒いモグラのイラストは、チェコのアニメキャラ“クルテク”。

N邸
所在地 新潟市北区
延床面積 74.52㎡(22.5坪)
竣工 2015年3月
設計 建築設計事務所エヌスケッチ
施工 若月商店

(写真・文/鈴木亮平

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