#007 五泉の山と空を眺める、リゾートのような暮らし。

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鈴木 亮平

新潟市在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。

気心の知れた友人と始めた建て替え計画

Uさんは、大学を卒業後、メーカー勤務や商社での海外駐在を経て、Uさんの父親が営んでいる五泉市内のメーカーに入り、今年で10年目になるという。

これまで、会社の敷地内にある、祖父母から受け継いだ平屋に夫婦で住んでいたが、建て替えを決めた。その時に相談を持ち掛けたのが、高校時代の同級生で気心が知れた友人でもある建築士の塚野琢也さん(塚野建築設計事務所)だった。

「家づくりを考え始めてから、“おうち”という写真アルバムをLINEで妻と共有して、いいなと思うデザインの住宅の写真を集めていったんです。で、琢ちゃんと五泉の蕎麦屋で一緒に打ち合わせをしたのが始まりですね。彼を頼ったのは、センスを信頼していたし、相手の意図をくみ取ることがうまいのを知っていたからです」(Uさん)。

一方の塚野さんは、すぐに受けようとはせずに「まずは色々な住宅会社を見た方がいい」とアドバイスをしたという。

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建築士の塚野琢也さん。

そのアドバイスを受け、夫婦は気になったビルダーのモデルハウスや見学会をいくつも見て回り、デザインや設計の工夫を見て学んでいったのだそう。そんな経緯を経ても、「塚野さんと一緒に家を建てたい」という初志は揺るがず、その後改めて設計を依頼することを決めた。

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Uさん夫婦の間でイメージ共有のために使われた“おうち”アルバム。

山が見えること、そして安らげること

会社の敷地内に新しく家を建て、ここに根を張って生きていくというのは、夫婦にとって大きな決断だった。会社まで徒歩10秒という立地だからこそ、家の中を「安らげる場所にしたい」というコンセプトを明確にして家づくりをスタートしたという。

設計で強くこだわったのは、家の中から五泉を取り囲む山が見えることだったそう。東に菅名岳、南に白山、西に菩提寺山…と、五泉は3方向を山に囲まれている。

「五泉で育ち、五泉で家を建てる人は、山の見え方にこだわる人が多いですね」と話す塚野さん。「実際にこの敷地からどんな風に景色が見えるかを確認するために、5メートルくらいの長さの棒にビデオカメラを取り付けて撮影したりもしました(笑)」(塚野さん)。

Uさんもそうだが、五泉に暮らす人にとって、山は安心感を与える特別な存在となっている。

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ソファに座るミニチュアシュナウザーのルーちゃん。

また、大きな吹き抜けにアイアン階段が伸び、大きくとった窓から光が室内にたっぷり入り込む設計は、Uさん夫婦が見つけた雑誌の住宅写真を参考にしたものだった。

リビングの壁にはバング&オルフセン社のスピーカーが取り付けられ、生音のような心地よいBGMが空間全体に行き渡る。

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ダイニングから眺めるリビングと2階。大胆な吹き抜けによる開放的な空間が特徴だ。
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ゆとりある空間にアイアン階段のシルエットが美しい。
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バング&オルフセン社のスピーカー。
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キッチンの壁面にはブリックタイルが貼られ、そこを間接照明が照らし出す。

「夕方、音楽を掛けながら食事を作る時間が気に入っていますね」とほほ笑む奥様。キッチンの正面にはダイニングテーブル、その奥にはアイアン階段と吹き抜けの大空間が広がり、窓の向こうには刻々と表情を変える空や、季節感を感じさせるシンボルツリーのモミジが目に飛び込んでくる。

「8tracksやjangoなどのアプリで音楽を流すことが多いですが、このスピーカーはジャズが一番きれいに聞こえます」(Uさん)。この家に住んでから、家でゆっくり過ごすことが増えたとも言う。ダイニングチェアに腰掛け、そこから空を眺めるのが夫婦のお気に入りだ。

DJ機材や大量のレコードを持っている音楽好きなUさんは、以前はハウスを聞くことが多かったそうだが、「最近はだんだんBPMが遅くなってきて、チル系の音楽を聞くことが多くなりましたね。どれだけ癒しを求めているんだろう」と笑う。

 

くつろげるラウンジのような2階ホール

吹き抜けに面した2階ホールは、UさんのDJ機器やソファが置かれたラウンジのような空間。奥には海外のホテルのようにトイレと一体になった洗面室があり、そこからさらに奥まった場所には物干しスペースと浴室が配置されている。

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2階のキャットウォークから眺める内観。
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2階のホールはラウンジのような空間。
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ゆとりある広さの洗面室は、海外の上品なホテルを思わせるデザイン。

また、ホールの奥には8畳分の広いバルコニーがあり、菅名岳を望めるこの場所もまたUさんが「アウトリビング」と呼ぶこだわりの空間だ。これから野外用のテーブルやイスを購入し、この場所の快適さをさらに高めていく予定なのだそう。

その隣にある寝室も東側に面しており、菅名岳を望むことができる。朝は心地よい朝日が差し込み、爽やかな朝が迎えられる。

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約8畳分の広さを持つバルコニー。奥には菅名岳が見える。
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寝室からは、松の木越しに菅名岳が望める。

 

バックヤードが、豊かなリビングをつくる

開放的な空間でシンプルな暮らしを楽しむ夫婦だが、1階のリビングと壁で隔てられた部屋は大きな納戸になっている。また、キッチンの奥が裏動線になっていて、正面の玄関とは別に家族用の玄関があったり、収納スペースになっていたりと、充実したバックヤードとなっている。

自宅に友人を招くことも多いという夫婦は、2人で手料理を作ってゲストをもてなすことが楽しみでもある。海外出張の際には料理のレシピ本を購入して帰り、調理方法だけでなく盛り付けなどの見せ方も参考にしているそう。「それに、料理の盛り付けや器の配色などが、自社製品のデザインを考える上でのヒントになることがあります」とUさん。

ゲストが心地よく過ごせること、おもてなしをすること、クリエイティブな発想を生み出すこと…、さまざまなことに直接的にも間接的にもバックヤードは大きく貢献している。

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依頼者のイメージを具現化する、“代理者”としての建築士

豊かな空間が完成しているが、設計をした塚野さんは「うまく住みこなせるだろうか?」という不安もあったという。夫婦2人で暮らすにはかなりのゆとりを持ってつくられた住宅だったからだ。もちろん、プロとして施主が要望する空間のデメリットについても説明をしながら打ち合わせを進めていったという。それでも、依頼主が希望している家ではあるが、「実際にうまく住みこなせるだろうか?」という心配が付いて回っていた。

塚野さんは「設計では自分のカラーを出すのではなく、お客さんが望むイメージをしっかりと具体化する、良き代理者のような存在でありたいと思っています」と話す。

設計事務所と聞くと、その建築士の個性が表現された建築をつくるイメージがあるが、塚野さんの場合はそうではない。相手の話を聞くことを徹底し、施主に寄り添いながら家づくりを進める。プロダクトアウト型の設計事務所が多い中、塚野さんはそうではないスタンスをとっている。

 

五泉を愉しむリゾートのような暮らし

結果として塚野さんの心配は杞憂に終わった。

2015年の秋に家が完成し、ちょうど1年が経つが、「休みの日は、起きたら朝風呂にゆっくり入って、10時過ぎくらいにブランチを食べて、そのまま家でゆっくり過ごすことが多いですね。家にいることが心地いいので、休みの日に出掛けることが少なくなりました」とUさん。

「私は三条市出身なんですが、五泉は野菜の直売所が色んなところにあります。直売所で旬のおいしい野菜を買って家で料理することが多いですね」と奥様。

あまり知名度が高いとは言えない五泉市だが、田園や自然風景、そして豊かな水に恵まれ、サトイモやレンコンをはじめとした質の高い農産物も豊富だ。Uさん夫婦は、そんな五泉の魅力を実感しながら、上品なリゾートのような暮らしを楽しんでいる。

ところで、Uさんは今自社で手掛けている製品を、国内だけでなく海外でも認められるブランドに育てることを目標に努力を続けている。

一方で、ひとたび家に帰れば、山や空を眺め、地元の美味しい野菜を使った食事を楽しみながら暮らす。それは、Uさん夫婦がこの五泉という地域の特徴や魅力をよく理解しているからこそではないかと思う。

よく、「地方だから〇〇できない」と言ったネガティブな表現が使われることが多いが、Uさんの働き方や暮らし方はそれとは逆で、「地方だから、五泉だからこそできる」というポジティブさにあふれている。

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ドッグランでもある庭の中心にはモミジが植えられている。
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会社の敷地内に立つU邸。囲まれた庭側にだけ開く、プライバシーに配慮した設計となっている。

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U邸
所在地:五泉市
竣工:2015年10月
設計:塚野建築設計事務所
塚野建築設計事務所Facebookページ

(写真・文/鈴木亮平

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鈴木 亮平

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