【加藤淳設計事務所×Ag-工務店】みんなで囲めるキッチンと、納まりのいい小さなリビング

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鈴木 亮平

新潟県聖籠町在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。

安全性を重視する家づくりに共感

新潟市西区、新潟大学に程近い高台の土地に立つM邸。砂丘の上の住宅街はどことなく空気がからりとしていて、湿度の高い新潟でありながら、低地よりも爽やかな風が吹いているように感じられる。

Mさん夫婦は結婚してからアパート暮らしをしていたが、その使いにくさに悩まされていたという。「夏は灼熱でエアコンをガンガン使わなければならず、一方冬はとても寒いし窓は結露だらけ…。3LDKだけど使いにくく、早く家を建てたいと思っていました」と奥様。

夫婦で住宅相談窓口に行き、紹介を受けたいくつかの住宅会社を訪れていたが、以前から奥様がオープンハウスの見学に訪れていた加藤淳設計事務所×Ag-工務店にも改めて訪問したという。

「加藤さんが大事にしている考え方で『1番が耐震性能、2番が断熱性能、3番がプランやデザイン』という話を聞き、とても腑に落ちました。もし私がぶれても安全な家をつくってもらえると思ったからです。それに、施工事例の写真を見ていると施主さんそれぞれの好みが出ていて、要望に対して応えてくれる軽やかさもいいなと思いました」(奥様)。

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「僕は家づくりにあまり興味がなくて、想像していたよりも数年早く家を建てるんだなあ…と思いながら毎週いろいろな住宅会社さんの打ち合わせに出掛けていました(笑)。そんな気持ちだったんですが、加藤さんのところに行ったらすごく良くて、理念にも共感し、打ち合わせが終わった後には僕の方から『加藤さんにお願いしよう!』と言っていました」とご主人。

 

目指したのは、穏やかな光と風を感じる小さな家

初期の打ち合わせでは、加藤淳さんが用意した「設計カルテ」に二人の要望を書いていった。

いい景色だなあとしみじみ感じられるような窓、自然光の中で朝食を食べる時間、風が抜ける窓の配置、夏の日光にガンガン照らされない庇、複数人で入りやすいキッチン、日記や手紙を書くための書斎、縁側的に使える広めのポーチ…などなど、奥様が理想とする穏やかな家のイメージが綴られた。

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ボリュームとしては「小さな家」を目指したという。

「加藤さんとAgさんの見学会で訪れた『松浜の家』は比較的コンパクトな住まいでしたが、とても印象的でした。それを見て、自分たちも小さな家を建てたいと思ったんです」とご主人。

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それらの要望を丁寧に読み解き、加藤さんが提案したのは、1階に寝室、書斎、子ども部屋、トイレなどの小さな空間を配し、2階には水回りとLDKをレイアウトした2階リビングのプランだった。

 

小川のような細長い土間が空間をゾーニング

50坪の敷地に立つM邸は、一般的な2階建ての家よりも高さが抑えられた、安定感のある佇まい。ウッドロングエコが塗装された杉板の外壁は、約1年の時を経てシルバーグレーカラーに経年変化が進んでいた。

(↑中央の矢印を左右にスライドすると、竣工時の外観と、約1年経過した外観を比較できる。)

「帰ってくる時に、近くの曲がり角から見える家の外観が好きです。夜に中からオレンジ色の明かりがこぼれる様子も好きで、『いい雰囲気だな~』と思いながら眺めています」と奥様。

ポーチは4畳の広さを確保。自転車を置いたり、近所の人とおしゃべりをしたり、傘を乾かしたり。いろいろな用途に使えるゆとりがあり、傍らには便利な1畳分の外部収納も備えられている。

(↑中央の矢印を左右にスライドすると、竣工時のポーチと、約1年経過したポーチを比較できる。)

木製玄関ドアを開けると、そこは小川のように細長い土間が左右に伸びている。左側手前には奥様の書斎があり、カーテンで仕切れる設計だ。

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空間としてはつながっているが、玄関土間によって分断されているため、独立した個室のような雰囲気が漂っている。壁側には幅約2.2mの大きな造作カウンターがあり、奥様の好きなものが2.5畳の空間に散りばめられている。

川のような玄関土間はひょいと飛び越えられる幅ではあるが、飛び石のように置かれたパーケットフローリングの上を歩いて行き来するのも楽しい。

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玄関の右手の引き戸の先は7畳の寝室。

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奥には庭へとつながるテラスドアがあり、部屋の一角にはカーテンで仕切れるクローゼットも確保。

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この北側のテラスドアと、逆の南側にある横すべり出し窓を開ければ、風が通り抜ける。直射日光が入りにくいつくりのため、日中は穏やかな光が保たれ、気持ちよく午睡ができそうだ。

 

わずかなスペースにも使い勝手のいい収納を

1階の左奥には回り階段があり、階段下部から奥の納戸へと空間が連続。デッドスペースになりそうな場所に収納がバランスよく配されている。

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階段の上半分の蹴込み板をなくしているのは、階段の途中にあるFIX窓からの光を1階に届けるため。これにより、暗くなりがちな1階の奥に光が届けられると共に、視線が抜ける部分が増えて広がりが生まれている。

そして、1階の奥には3.5畳の子ども室が。

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竣工時の写真

ベッドと机が置ける最小限のサイズは一人の時間を過ごすのにちょうど良さそうだ。また、壁の一部には可動棚があり、散らかりがちな本や小物をすっきりと収納できる。棚の奥行は245mmと、たいていの雑誌がきれいに納まる寸法だ。

 

2階ホールは高天井のライブラリー

階段を上がりきったところは、壁一面の大きな本棚。

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この部分だけ屋根形状が片流れになっており、天井高がぐっと上がる。そして、もっとも高い位置にある高窓から、暗くなりがちな家の中央部分にたっぷりと光が注いでいる。

「朝起きてこの階段を上がる時の、上へと抜けていく感じが気持ちいいですね」と奥様。

大きな棚は、「本を1カ所にしまいたい」という奥様の希望を叶えたもので、棚の上部には本がぎっしりと並んでいる。下部にはモデムやルーターを、また、棚の裏側にあるリビングのテレビ用のコンセントやアンテナなどもこちらにまとめている。

そのさらに下はロボット掃除機の基地。ロボット掃除機を買い替えた場合でも、柔軟に対応できるのが可動棚の利点だ。

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階段の隣の吹き抜けになることが多いスペースは、内部をロールスクリーンで隠せる収納として活用。

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こちらには娘さんの保育園用の道具などを収納しているが、この小さなスペースに入るのが娘さんのお気に入りなのだそう。

2階ホールのすぐ左隣はサニタリー。

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3畳の空間に、洗面、洗濯、物干し、脱衣の機能を使いやすく集約するため、造作棚や造作カウンター、物干しポールの位置などがきめ細かく設計されている。

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スープ作家のキッチンを参考にした、みんなで囲めるキッチン

そして、ホールを抜けたところが、この家のメインの空間であるLDKだ。

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こちらのLDKの面白さは、手前にある8畳のキッチンと、奥にある7.9畳のリビングダイニングの2つの四角い空間がずれながらつながっているところにある。前者は正方形で、後者は長方形。また、前者は平天井で、後者は勾配天井。

床面積こそ似ているものの、異なる性質の部屋がずれてつながることで、平面図からは想像できない変化に富んだ空間が生まれている。

まず、ホールから見たキッチンがこちらの写真。

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天井高が2.7mを超えるホールから天井高2.2mのキッチンへとキュッと抑えられる一方で、面積は広くなる。そして、中央には少し高めの作業台が設けられている。

「キッチンは、スープ作家の有賀薫さんが提唱している『ミングル』というキッチンの考え方を参考にして、壁付けキッチンとは別に作業台を設けて頂きました。ミングルは、みんなでぐるっと囲めるタイプのキッチンで、キッチンに出入りしやすいのがいいなと思っていました」と奥様。

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高さ約1mの作業台は収納量もたっぷりで、食器や調理家電、コーヒーの道具など、実に様々な道具が収納されている。電子レンジの上の棚は、アルミホイルやクッキングシートはもちろん、新潟県民に欠かせない“アイラップ”が納まるジャストサイズでもある。

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この作業台で毎朝コーヒー豆を挽き、ドリップをするのがご主人のルーティーンになっているそうだ。

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小さな空間から抜け感のある景色を楽しむ

そして、このキッチンからは、奥に位置するリビングダイニングが眺められる。

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ずれながらつながるリビングダイニング全体を見渡すことはできないが、その一方で視線は対角へと伸び、空間に奥行感がもたらされているようだ。

いざリビングダイニングに入ると、天井高は奥へ行くほど低くなり、最終的には1.8m程になる。それは、だんだんと空間が窮屈になるというよりは、自然と低い場所へと吸い込まれていき、座った時にちょうどいい高さに納まるような感覚だ。

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空間の容積が小さくなるのとは対照的に、南北に設けられた窓によって水平方向の抜け感が生まれているのも特徴。両側の窓を開ければ心地いい風も通り抜けていく。

南側の窓の外にベランダを設けて南からの直射日光を遮り、北側を少し後退させたことで西日を防ぐなど、奥様が希望した日射遮蔽も平面の工夫でクリア。

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そのため、リビングに注ぐ光はとてもやわらかく穏やかで、かといって暗いわけでもない。低めに設けられた北側の窓の向こうには、家々の間から日本海も望める。

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「以前は、休みの日にアパートに居ると息が詰まりそうになっていましたが、今は1日中家に居られます。どこにも出かけず、のんびりしているうちに夕方になっていることもあります」とご主人は笑う。

ダイニングに見られる収納を兼ねた造作ベンチは加藤さんの得意技。窓辺に心地いい居場所をつくり出すのは加藤さんが大事にしている設計手法の一つだ。

ダイニングテーブルは新潟市内にある家具工房ISANAのもので、脚や天板の曲線が優しい表情を醸し出している。M邸では造作家具の一部にもISANAが家具製作で使うオーク材が用いられており、ベンチの背もたれや、キッチンの作業台のカウンターなどに、その質感豊かな無垢材や幅はぎ材が見られる。

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そんな素材に注目していると、オークのフローリングに独特のパターンがあることにも気付かされる。

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こちらは90mm幅と120mm幅の2種類の挽き板のフローリングを交互に並べて張ったもので、無垢フローリング専門店and woodの店主による提案。そこにはさり気ない遊び心が垣間見える。

 

平面と構造を一体に考えながら、居心地のいい空間をつくり出す

「Mさん夫婦は『小さい家がいい』という珍しいアプローチでした。そこで、広さよりも居心地の良さを重視して設計を行いました。リビングダイニングの勾配天井を低くしているのも居心地を良くしたかったからです。ダイニングにあえて入隅(いりすみ、壁に囲まれたコーナー部分)を増やしているのも同じ理由ですね」と加藤さん。

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Ag-工務店の代表の渡部栄次さんは「Mさんの家の工事は、造作家具が多い分、納まりに気を遣う部分も多かったですね。あと、今回は階間エアコン(2階床下に空気室をつくり、エアコンで上下階を冷暖房する仕組み)を採用していたので、配管経路を密集させないようにするなど、普段とは異なる工夫をしています。それから、小さい家は作業スペースが限られていて、同時にたくさんの職人さんが作業しにくいという特徴があります。その中で、スムーズに現場が進むように工程管理をいつも以上に考えて工事を進めていきました」と工事の舞台裏を解説する。

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「自分たちの家が完成したことで、デッキを水拭きしたり、庭に土留めをつくったり、植栽に水やりをしたりと、家に手をかけるようになりました。友達を呼べるようになったのもアパート暮らしとの違いですね。ベランダでお昼ごはんを食べるのも新しい楽しみになっています」と奥様。

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「ベランダはちょうどいい段差があるので座りやすいんですよね。気が向いたらさっと身一つで外に出られますし、ここでコーヒーを飲む時間も好きです」とご主人。

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延床面積24坪のコンパクトな住まいには、実に多様な居場所がつくられており、それぞれの空間を巡る楽しさがある。そしてそれは、複雑なパズルのように組まれた緻密な平面計画に基づいている。

その複雑に見える1階と2階の平面図を重ねてみると、壁や柱の直下率は高く、構造と平面が一体に考えられていることが分かる。そしてそこには「耐震性能を最も重視する」という加藤さんの理念が現れている。

許容応力度計算に基づいた耐震等級は、最高等級の3をクリア。感性によって生まれる居心地の良さと、力学によって導き出される安全性能。その2つが掛け合わされた住まいは、深い安心が得られるMさん家族の拠り所になっている。

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M邸
新潟市西区
延床面積 80.12㎡(24.18坪)
1F 38.92㎡(11.74坪) 2F 41.20㎡ (12.44坪)
竣工年月 2023年8月
設計 株式会社加藤淳設計事務所
施工 株式会社Ag-工務店
耐震等級 3(許容応力度計算)

(写真・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平

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鈴木 亮平

新潟県聖籠町在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。