鈴木 亮平
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杉板で覆われた高基礎の家
群馬県のほぼ中央、榛名山の裾野に位置する吉岡町。のどかな田園が広がる町からは、赤城山や榛名山を望むことができる。
2022年10月、この吉岡町のゆったりとした住宅地に完成したT邸は、杉板の外壁が印象的な佇まい。シンプルな総2階に下屋とベランダが付いており、一般的なものよりも高い基礎(高さ1.4m)も特徴だ。
左隣にはご主人の実家が立ち、手前には実家の畑が広がっている。
設計は新潟県三条市の設計事務所、住宅設計エスネルデザインが手掛け、施工は群馬県富岡市の工務店、河野建設株式会社が担った。
人生で2回目の家づくり
群馬県に暮らすTさん家族がどうして新潟の設計事務所に自邸の設計を依頼したのか?その理由や経緯を伺った。
「元々僕たちは10数年前に新築した高崎市内の家に住んでいたんです。とても満足して暮らしていたのですが、事情があってその家を手放さなければならなくなり、新たに僕の実家の敷地内に家を建てることにしました。
当時、設計事務所を調べていく中で、独立して間もないエスネルデザインの村松悠一さんのブログ記事に辿り着きました。ブログには、住宅の性能に関することだけでなく、設計思想やその理由が包み隠さずに書いてあり勉強をさせて頂きました。
そして、ちょうど新潟市内でエスネルデザインさんの完成見学会が行われるということで群馬から見学に行ったんですよ。
住宅に関する考え方はブログでよく知っていたのですが、会ってみるととても柔らかい雰囲気の方で、信頼できると思いました。
2軒目の家づくりは、コンパクトに効率よく建てたいと思っていましたので、村松さんの『超高断熱の小さな家』という考え方は僕たちのイメージにぴったりでした」とご主人。
「完成見学会では、村松さんが20代の頃に世界一周旅行をしながら描いていた建築のスケッチを見せて頂き、まじめな方なんだなあと感じました。この見学会でお会いして、改めてこの方にお願いしたいという気持ちになりました」(奥様)。
新潟市中央区網川原で見学会が行われたのが2019年9月。その翌年の2020年3月に高崎市の旧居まで村松さんに来てもらい、初回の面談を行ったという。
プランは村松さんの自邸計画がベース
ヒアリングではいくつかの要望を伝えていたが、打ち合わせの途中で村松さんが計画中の『自邸プラン』を見せてもらい、Tさん夫婦はその案に惹かれたという。
「コンパクトで無駄がなく、よく練り込まれたであろう2階リビングの家のプラン。ぜひそれをベースに進めてもらいたいと思いました」(ご主人)。
「自邸プランをベースに、ロフトやベランダなど、たくさんの居場所を設けたプランになりました。T様邸は初の県外設計でもあり、ワクワクが止まりませんでした」とエスネルデザインの村松さん。
ところで、一般的な住宅会社や工務店に依頼する家づくりとは異なり、設計事務所に依頼する際には、別途施工を行う工務店と工事請負契約を結ぶ必要がある。
エスネルデザインが県外の設計事務所ということで、工務店探しはTさん夫婦の方で進めたが、コロナ禍の資材不足や価格高騰もあり難航したという。技術力だけでなく、最終的には人柄が決め手となり、河野建設株式会社に依頼を決めた。
1981年創業の河野建設は30年以上前から高断熱住宅に取り組んできた工務店。地域密着で、かゆいところに手が届くサービスも特長だ。
河野建設の代表・関口大輔さんは「これまでも高気密高断熱住宅をつくってきましたが、エスネルデザインさんの『高基礎の一体打ち』は初めて。協力業者の基礎屋さんの技術力が高く前向きだったこともあり、挑戦してみようと思いました。図面通り正確に精度の高い施工をするのはもちろん、T様家族が住まわれる姿を想像しながら丁寧に工事を進めていきました」と話す。
置き配にも便利なトンネル状のポーチ
取材に訪れたのは、完成後1年半が経過した2024年5月。外壁の無塗装の杉板は雨や日差しにさらされて経年変化が進んでいた。将来的には全体の色が抜け「シルバーグレー」に変わるという。
曲線を描くアプローチを進んでいくと、格子に守られたトンネル状の下屋に至る。
トンネル状のポーチは悪天候でも雨が入らない設計で、高い基礎の上に設けられた玄関へと続く階段も慌てずに落ち着いて行き来できる。
玄関ドアの横にある小さな椅子は、『置き配』用のベンチ。雨に濡れない空間は荷物を仮置きする上でも重宝しているという。
木製断熱ドアを開けると、想像以上に開放的な空間が広がっていた。
廊下が真っすぐ奥へと延びており、左手には3つの個室が連なっている。右手には2階へと続く階段。さらに、珍しい床下空間へと降りていく階段も設けられており、そこは巨大な収納スペースとして機能している。
2階リビングの家は1階が暗くなりがちだが、この家はストリップ階段から光が注ぐため、ふんわりと明るい。外からの光がAEP塗装の壁と檜の床に反射し、リネン素材のカーテンのように生成り色の優しい光をつくり出している。
廊下の左手に3室並ぶ個室はすべて4.5畳。手前がご主人の部屋で、真ん中が中学生の息子さんの部屋、最も奥が小学生の娘さんの部屋だ。
システム化されたマルチWIC
一方、廊下の逆サイドにはエスネルデザインの家で定番となっている「マルチWIC」がある。これは洗面室・脱衣室・ランドリールーム・WICを一体に設計したもので、いくつもの機能が約4.5畳の空間に集約されている。
スペースを効率よく使えるように空間は壁ではなく造作棚で区切られており、そこに規格化された収納ケースを整然と納めることで、限られた空間を無駄なく使い切れる仕組みだ。
洗濯物を干すパイプはエアコンの吹き出し口の前に伸びており、冬場は特にエアコンからの暖気で洗濯物がよく乾く。ちなみにここで温められた空気は「階循環ファン」を通して床下へと送られ、床下を循環した空気は玄関横の階段から上昇し、2階へと巡る。
シンプルな機械設備と吹き抜けで、複雑なダクトを使うことなく全館冷暖房を実現しているのがポイントだ。
また、マルチWICと廊下との間は完全に塞ぐのではなく、天井付近をあけておくことで空気の循環を促している。
脱衣スペースを廊下から見えにくい場所に配置することで、空間を仕切る建具もごく自然に省略されている。(Tさん家族はカーテンを使っていないが、建具の代わりに目隠し用のカーテンを取り付けられるバーが備えられている)
「収納はどこに何が入っているのかが分かるようにシステム化していきました。棚にぴったり納まる無印良品の収納ケースを選びましたが、とても使いやすいですね」と奥様。
大きな窓が気持ちいい2階リビング
3つの個室と水回りがある1階は、家族それぞれの寝室と機能を集約したフロア。一方、2階はそれとは対照的に、仕切りのない大きなワンルームになっている。こちらが2階全景だ。
アカシアの無垢フローリングに、シナ合板で仕上げられた勾配天井。大きな3人掛けのソファに観葉植物の数々。窓にはウッドブラインドが取り付けられており、そのくつろいだ雰囲気はカフェのようだ。
「カフェのような空間にしたいと思っていて、色の濃いアカシアのフローリングを選びました。天井の仕上げは、以前訪れた新潟県三条市のITOYA CAFEさんのと同じシナ合板にしています。ソファは高崎市井野町にある家具店ジョージポージさんのオリジナルですね。座り心地が良く、吸い込まれるように座っちゃいます」(奥様)。
階段側を見ると、そこには造作のデスクと本棚があり、ロフトへと上がれる階段が上へと延びている。
箱のようなシンプルな空間だけをつくり、その中に好きな家具をレイアウトしていく考え方もあるが、限られたスペースをより効率よく使うには、空間と一体に造作家具を設計するのが効果的だ。細かな寸法を決められるため、納まりが美しく、掃除もしやすくなる。
「階段や造作の本棚などの繊細な納まりは施工をする上で難しかった部分です。一見シンプルに見える本棚も、組む順番を間違えるとうまく施工ができないので、現場で大工さんと知恵を出し合いながら造り上げました」と関口さんは話す。
ダイニング側からリビング側を見ると、南側に大きな窓が連続しているだけでなく、コーナーの柱を挟んで東側にも窓が設けられている。これにより視界が大きく開け、空間はより広く感じられる。
「以前住んでいた家は平屋だったので外からの目が気になることもありましたが、2階リビングのこの家はブラインドを開けていても人目が気になりません」(奥様)。
ワンルームに多様な居場所をつくり出す
2階の中央に置かれているのは、集成材とスチール脚を組み合わせたダイニングテーブル。
これは村松さんが設計したもので、天板の下にはリモコンやティッシュなどのこまごまとしたものを置けるスペースも確保。それにより天板の上をいつでもサッと片づけられる。
天井から吊り下げられたクラックガラスのペンダントライトは、奥様による支給品。クラフト感あふれる小ぶりな照明は消灯時もかわいらしく、カフェのようなリラックスムードを醸し出す。
そして、ダイニングの右手には村松さんが考案した『ワークWIC』がある。これは、パントリー、収納、勉強&作業室をまとめた空間だ。天井高が抑えられているため、LDKとひとつながりでありながら独立感もある。
デスクの左手には機能的な大容量の本棚が造作されており、右を向けばすぐそばに家族がくつろぐダイニングやリビングがある。
無音でないと集中できない性格の人には不向きかもしれないが、カフェやシェアオフィスで難なく仕事をこなせる人には絶妙の環境だ。
ちなみにデスク脇の本棚の上のは採光のためのFIX窓があり、群馬を代表する山の一つ赤城山が望める。
ワークWICにはキッチン側からも入ることができ、キッチンから近い位置は食品やストック品の収納スペースとして活用。
棚の下には階下へ空気を送る階循環ファンが設けられており、2階の空気を直下のマルチWICへと送る仕組みとなっている。
ロフトは奥様のワークスペース
空間を最大限有効に使おうという強い意志は、2階のロフトにも見られる。
階段を上がり、橋のような通路を数メートル歩いたところは奥様のワークスペースだ。天井高は低いが、椅子に座って作業をするのに申し分ない高さだという。
完全な個室ではないが、腰壁によってLDKからの視線を遮っているため、落ち着いて作業ができるという。この家で最も眺望のいい場所でもあり、景色を眺めてリフレッシュできる。
また、プラスアルファのスペースとして、キッチンの横には3畳分のベランダも設けられている。しっかりと軒に守られた屋外空間は袖壁で西日を遮りながら心地いい午後の時間を楽しむことができそうだ。
1年中掛け布団1枚で過ごせる快適さ
ところで『超高断熱の小さな家』を掲げるエスネルデザインが設計したT邸の断熱性能はUA値0.23(HEAT20G3基準をクリア)という非常に高い性能を誇る。その外皮性能と、空調計画が考えられた家の快適さを聞いてみた。
「以前住んでいた家も冬暖かい家でしたが、この家はベースの温度がもっと高く快適ですね。前は冬になると厚着をして靴下をはいていましたが、この家に住んでからはその必要がありません。冬に冷えるという感覚がないんです」とご主人。
「寝る時は1年中同じ掛け布団1枚だけで過ごせるようになり、毛布の出番がなくなりましたね。冬は日差しで室内が暖まるので、日中は無暖房で過ごせますし、冬なのに暑いと感じることもあるくらい。総じて1年中心地いい室温が保たれるので、ずっと家に居たくなります」(奥様)。
また、研究熱心なご主人は、エアコンの運用の仕方も探求しており、2階の冷房用エアコンにはバスタオルを載せている。
「メーカーが推奨する方法ではありませんが、エアコンの給気部にバスタオルを置くことで風量を減らすことができ、除湿割合を高められます。春などの中間期に除湿をするのにいい運用方法ですね」とご主人。
この家に住み始め、心に余裕ができたことから、ご主人は本格的にコーヒーの道具をそろえ始めたという。生のコーヒー豆を仕入れ、自家焙煎したものを一杯一杯丁寧にドリップする。
年中快適に過ごせる性能に、暮らしやすさが緻密に考えられた家は、ロジカルでありながら感覚的な心地よさがあふれている。そのリラックスできる環境は、ただ気持ちよく暮らせるだけでなく、創造的な活動を促す場にもなっている。
「最初にTさんご夫婦にあった時に、2回目の家づくりになるというお話を伺い、身が引き締まったのを思い出します。建築が好きなTさんが現場に顔を出してくれることも多く、いろいろな話をしながら工事を進めていきました。完成が近づいてくると『工事が終わってしまうのが寂しい』と話されていたのが印象的で、工事期間を楽しまれていたことが伝わってきて本当にうれしかったです。そして、満足して住まわれていることが何よりで、T様の家づくりに関われて良かったなあと感じています。また、T様を通じてエスネルデザイン村松さんとつながることができたことにも感謝しています」と関口さん。
河野建設とエスネルデザインの初めてのコラボレーションとなったT邸の完成から2年。現在はT邸と同様のコンセプトで設計された新築住宅が高崎市で建築中。さらに、3棟目のプロジェクトも動き出している。T邸からスタートした協働は単発で終わらずに、シナジーを生み出しながら続いている。
T邸
群馬県北群馬郡吉岡町
延床面積 94.14㎡(28.3坪)
竣工年月 2022年10月
UA値=0.23
耐震等級3(許容応力度計算)
設計 住宅設計エスネルデザイン
施工 河野建設株式会社
(写真・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平)
鈴木 亮平
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