鈴木 亮平
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2024年11月29日(金)、朱鷺メッセ(新潟市中央区万代島)にて、株式会社桐生建設が主催する「iF DESIGN AWARD 2024 受賞記念セミナー」が開催されました。
本セミナーは、桐生建設のモデルハウス「スキップテラスのある家」(新潟市西区坂井)が、2024年に世界三大デザイン賞の一つであるiF DESIGN AWARD を受賞したことを記念して開かれたもの。
第一部は、iF DESIGN AWARD受賞者の桐生和典さん(株式会社桐生建設 常務取締役)による講演、第二部は特別講師として招かれた石川竜太さん(株式会社フレーム 代表)による講演。第三部はお二方によるトークセッションという三部構成。
「デザインの入口、そして明るい未来へ」というテーマのもと、デザインの概念や役割についてを、具体的な取り組みや事例と共に解説するという、とても実践的な内容でした。
住宅業界の実務者にとって参考になるのはもちろん、製造業やサービス業、小売業などさまざまな業種にも通じる部分がありそうですし、家づくりを検討中の人にも参考になるでしょう。
本記事では第一部の桐生和典さんによる講演のポイントを解説していきます。
桐生和典さんの講演の主題は「iF DESIGN AWARD」「桐生建設の取り組み」の2つ。
「iF DESIGN AWARD」については昨年公開した次の記事でも詳しく紹介していますので、本記事では「桐生建設の取り組み」についてご紹介したいと思います。
【K.DESIGN HOUSE】閉じつつ、開く。iF Design Award 2024受賞モデルハウス『スキップテラスのある家』
デザインを重要な経営資源と位置付ける
桐生建設の取り組みの話でポイントとなっていたのが「デザイン経営」という言葉でした。
桐生さん:私がデザインが好きというところから、弊社では意識してデザインを経営に生かしています。
デザイン経営とは、企業価値向上のためにデザインを重要な経営資源と位置づけ活用することで、その効果として、『ブランド力の向上』『イノベーション力の向上』の2つが挙げられます。
欧米の調査では、デザイン経営を重視する企業とそうでない企業では、10年間で2倍もの『成長の差』が出ることが分かったそうです。
日本でも経済産業省特許庁は、有識者からなる『産業競争力とデザインを考える研究会』を発足し、2018年5月に報告書『デザイン経営宣言』を発表しました。
こちらの資料はWEB上で見られますが、数年前から国もデザイン経営を推進していこうとしていることが分かります。
ミニマルで洗練された美しいデザインに定評がある同社ですが、ただ意匠が美しいことを付加価値の一つにしているのではなく、デザインをブランド力・イノベーション力を向上させるための重要な要素と捉えている点が特徴です。
モデルハウスで独自のコンセプトを提案
話題は、20年前、桐生さんが県外の設計事務所、デザイン事務所での経験を経て新潟に戻った当時に感じた課題に移ります。
桐生さん:20年前に私が県外から戻ってきて桐生建設に入社した当時、弊社は施工をメインでやってきたために、お客様に見せられる自社の事例が少ないことが大きな課題でした。
純和風の家を建てていて腕がいいのは分かってもらえても、家を建てる若い方は和風の家を好まない。それに、周りを見渡せば、安く建てられる住宅会社がたくさんあり、差別化をしていく必要もありました。
その課題を解決するために桐生さんが行ったことが、新しい提案を盛り込んだモデルハウスを1棟建て、それを使って営業していくことでした。
もちろんそのモデルハウスが負債にならないように、最終的に販売することを見越して計画しています。
それ以来桐生さんは、定期的に提案型のモデルハウスを建て、それを見てもらい、販売することを繰り返しています。
2011年に新潟市内で第1号となるモデルハウスを建築し、現在最新のモデルハウスで4号目になるそうです。
そんなモデルハウスの設計において、桐生さんは以下のことを考えて計画しているといいます。
- ペルソナの設定。(どんなお客様を想定するか)
- コンセプトを決める。(時代ニーズを反映しつつ、流行とは異なる提案を行う)
- 売値を決める。(売れ残ると会社の負担になってしまう)
- 素材を決める。(他社との差別化につながる)
- 外観を考える。(街に対してどんな佇まいがいいか)
- 土地を決める。(周囲にどんな人が住んでいる地域か)
- 新たな顧客の開拓を考える。
特に大事にしているのは、コンセプト設計において、いかに時代のニーズを反映しつつ流行とは異なる提案を行うか、ということなのだそうです。
桐生さん:モデルハウスを使いながら受注を取っていくため、多くの方に共感を頂かないと意味がありません。しかし、提案が含まれていないとダメ。
流行を追っているだけでは、他社さんと競合をするのみだからです。似たものをつくっていては、値引き競争に陥ってしまいます。
この考え方は新しいプロダクト商品の開発をしているのに近い感覚だと思います。
2011年に完成した第1号のモデルハウスは、不整形地に立つ「多面体の家」。
八角形の変形地に合わせて建物は三角形の平面にしつつ、内部は天井高に変化がある開放的なつくりにしています。
次に2015年に完成した第2号のモデルハウスは、「斜壁の家」というコートハウス。
「大工の会社だから、外壁も木にしたい」と、この頃から外壁に木を使い始めたそうです。住宅街の中にありながらプライバシーが確保された計画は、第1号のモデルハウスと共通しています。
その次に2017年に完成した第3号のモデルハウスは、「庭の家」という都市型戸建て住宅です。
こちらはグッドデザイン賞をはじめ、計15の国内外の賞を受賞しています。
小さな土地でもプライバシーを確保しながら豊かな生活ができるように、外からの視線を遮りながら開放感をつくりだす工夫があり、これまでのモデルハウスの考え方がさらに研ぎ澄まされているようです。
そして、2023年に第4号目となる最新のモデルハウス「スキップテラスのある家」が完成。
このモデルハウスが従来と異なる点は、「閉じつつ、開く」「街に対してより良い影響を与える」という考え方が加わっていること。その手法としてスキップフロアならぬスキップテラスが使われています。
ここまでのモデルハウスの変遷を見ていくと、顕在化したニーズからプロダクトを考えるマーケットインよりも、桐生さん自身が大事にしている考え方を提案するプロダクトアウトの思考が強い印象を受けます。
それを繰り返しながら、ブランド力やイノベーション力を高め続けているのが桐生建設の強みなのでしょう。
デザイン経営という言葉が登場する以前から、自然にデザイン経営を行っていたと考察できます。
外観に統一感を持たせるデザイン戦略
その後、話は桐生さんが行っているデザイン戦略に移ります。
桐生さん:私たちがデザイン経営を大事にしている背景の一つとして、大きい会社のように多くの広告宣伝費を掛けられないという課題が挙げられます。
それに、インターネットやSNSで情報発信をしていくにしても、膨大な情報量の中でどうやって目立っていくかを考える必要があります。
その解決方法として、自動車メーカーのマツダさんのデザイン戦略を参考にしています。マツダ車はフロントマスクに共通性を持たせているのが特徴で、それが明確なブランド表現になっています。
この方法を弊社でも取り入れられないかと考え、弊社の建物の外観に共通ルールを設けることにしました。そこで『桐生建設らしさ』を表現し、外観を見ただけで桐生建設の建物と認識できるようにしたんです。
その取り組みを続けたことで、お客さんが外観を見て「桐生建設の家だ」と分かるようになり、ブランドイメージが固定化しつつあるのだそうです。
そして、多額の広告宣伝費を掛けることなく、宣伝効果が得られるようになったと桐生さんは説明します。
注文住宅とは、施主の所有物となる住宅を工務店やハウスメーカーが工事請負契約を結んで建てるもの。その原則からすると、施主が好きな外観デザインの家ができ上がりそうなものです。
しかし、桐生さんが独自の外観デザインを提案し続けてきたことで、そのデザインを好むファンが集まるようになります。
そして、同じトーンの外観デザインの家が増えていくことで、ブランドイメージがより強固なものになる…という循環が生まれ、他社との差別化につながっています。
デザインを模倣されたとしても、そもそもプロダクトアウトで進めているものですから、きちんと比較すれば、流行を取り入れるマーケットインとの本質的な違いはすぐに明らかになりそうです。
2020年頃から変わり始めた市場環境
桐生さんは、2020年頃から、住宅市場を取り巻く環境が大きく変化し始めたと説明します。
その中でも特に大きな事柄として、「資材価格の高騰」「新築着工数の減少」「性能の向上」を挙げました。
桐生さん:特に深刻なのが着工戸数の減少です。新潟県内の注文住宅の着工数は、2013年は8,564棟でしたが、2022年は5,738棟、2023年は4,820棟と、10年前と比べて44%減少しています。その間に建築費が上がっており、今の坪単価は100万円程度。30坪の家を建てるなら3,000万円くらいが相場になっています。
住宅を建てる人は割合的に高所得者が増えていきますので、これからは高価格帯の接客・設計・施工ができなければ淘汰されてしまうと考えるようになりました。
さらに、性能競争も激化し、断熱性能や耐震性能は、どこの会社でも高いものになっています。もちろん、性能を上げると原価も上がります。物価高騰も重なっていますから、コロナ禍が明けた時には大幅な値上げが必要になると考えていました。
ただし、値上げをするには、私達がつくる家に、相応の価値がないと受け入れてもらうことはできません。
そこで桐生さんは、デザインを自社の強みとして一層の差別化を進めるために「デザインを数値化すること」に着目します。その手段として海外のデザイン賞に応募をして審査を受け、客観的な評価を獲得していくことを始めます。
そうしてこれまでに計9カ国23の賞を受賞したことで、自社が強みとしているデザイン力に根拠を付加できるようになったと桐生さんは話します。
桐生さん:多くのデザイン賞を受賞したことで次のような変化を感じています。
- 2022年の1年間で15個の賞を受賞し、日本中どこにもない工務店になれた。
- 就職希望者が増え、この春社員が4名入社。(人材不足の緩和)
- 会社の認知度の向上。(OB客様、知人、業者からのお客様紹介増)
- 業界認知度の向上。(求人、業界紙取材、県外からの視察増、他社から設計依頼)
- インスタグラムのフォロワー数が2年で10倍に。(500人から5000人以上に)
- 20代の若い世代のお客様が増加。
世界各国のデザイン賞の受賞が、認知の拡大やブランドイメージの向上につながっています。
また、人材不足が課題となる中で、採用広報としての効果が出ていることが伺えます。
最後に桐生さんはこう締めくくりました。
桐生さん:デザインとはアートのような特別なものではなく、ブランドイメージの形成や宣伝効果、採用活動など、さまざまな経営課題を解決するために採り入れるべき重要な手段なのだと思います。
ポイントをかいつまんでの説明になりましたが、以上が桐生さんの講演です。
住宅の価値というのは、価格や性能、耐久性やアフターサービス、機能性やデザインなど多岐に渡るもの。多様な工務店、住宅会社、設計事務所がそれぞれの価値基準を持ち、それぞれの長所を持って切磋琢磨しています。
その中で“デザイン”というのは実に捉え方が難しいものです。
構造との整合性が取れていることを良いデザインという場合もありますし、ディテールが美しく仕上げられていることを良いデザインという場合もあります。また、長期的に劣化しにくい素材選びや形状を良いデザインという場合もあります。デザインとは、そこに至る文脈も重要な意味を持つのだと思います。
しかしその一方で、直感的に多くの人を惹き付けるデザインも確かに存在しますし、そこにはロジックとは異なる魅力があります。
だからこそ、iF DESIGN AWARDでは「差別化」「造形」「機能」「アイデア」「影響度」という5つの項目で多面的な評価を行うのでしょう。
大切にしているコンセプトも、画期的な機能も、新しいアイデアも、最終的にはデザインとして具現化されるもの。
作り手とユーザーをつなぐ「デザイン」の役割や意味について、今一度じっくり考えてみることで、新しい視点を獲得できるのかもしれない。そんなことを考えさせられるセミナーでした。
今回の桐生さんの講演とトークセッションは、株式会社桐生建設のYouTubeチャンネルで公開されていますので、こちらも合わせてご覧ください。
■桐生和典さん講演
■トークセッション
K.DESIGN HOUSE(株式会社桐生建設)公式HP/インスタグラム
文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平
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