#008 土地を3世帯でシェア!ゆるくつながり、助け合う暮らし方。

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鈴木 亮平

新潟県聖籠町在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。

3世帯で一つの土地を共有する暮らし

新潟市北区の旧豊栄市。今回取材で訪れた家は、JR豊栄駅から車で5分程離れた、郊外のゆったりとした敷地に立っている。ダークグリーンのガルバリウムで覆われた小さな平屋の住まいで、八重桜や木蓮などの落葉樹に囲まれ、落ち着いた佇まいを見せる。

よく見るとこの広い土地には、緑の平屋のほかに、2軒の家が程よく距離をとりながら立っている。

この緑の小さな平屋に暮らす、Mさんにお話をうかがった。

「前は秋葉区に住んでいたんですが、10年前に主人が脳梗塞で倒れたんです。それから、主人が以前と比べて体の自由が利かなくなりました。自分も年をとってきたのもあり、家を売って、何かあった時のために、娘家族が暮らす豊栄に引っ越すことにしたんです」とMさん。

そうしてはじめはアパートで生活を始めながら、中古住宅を探していたという。そんな折に、娘婿さんのご両親からの誘いで、同じ土地に家を建てることを提案されたのだそう。

既に娘婿さんのご両親の土地には、自宅のほかに、娘さん夫婦と3人のお孫さんが暮らす家が建っており、さらにそこにもう一軒家を建てるという土地の使い方となった。

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Mさんの家のポーチ。左奥に見えるのは娘さん家族が暮らす家。
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玄関のガラス窓にはMさんが仕立てたカーテンが。光を取り入れながら目隠しできる。

 

縁のある建築士に依頼

Mさん夫婦はいくつかの住宅展示場を訪れながら、住宅会社を検討し始めたが、どの会社も依頼するまでには至らなかったという。年を重ねてからよく知らない会社に家づくりを依頼するということに、少なからぬ不安感があったからだ。

そんな時に、娘さんからの紹介で、建築士の田中洋人さん(田中洋人建築設計室)に出会ったという。

娘さん家族が暮らす家は、10年ほど前に燕市の建築士・金子勉さんに設計をしてもらったそうだが、当時金子勉建築設計事務所に協力していた田中洋人さんが担当者として関わっていた。

娘さんたちがよく知っているということで、安心して依頼を決めたという。

「収納を多めにしてほしいという要望を伝えつつも、住めればなんでもいい、という思いもありましたね」とMさん。それに対して田中さんが提案したのは、敷地内の木をなるべく残せる形にしつつ、暮らしやすさを重視したシンプルな間取りの家だった。

「敷地内には木がたくさん生えていたのですが、なるべく切らずに残したいと思いました。そのため、元々生えていた木をかわすように奥行方向に長い形にしています」(田中さん)。また、体が不自由なご主人が将来車いすで生活することになっても、楽に家の中を移動できるようにと、細かい仕切りは極力減らした。

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田中洋人建築設計室の田中洋人さん。

玄関-リビング-寝室が一直線上に並び、トイレや浴室は寝室とリビングの中間に配置された。小ぢんまりとしているが、それゆえに夫婦2人で暮らすにはちょうどいい大きさの家となった。

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玄関ホールからリビングを望む。奥に見えるのは寝室。
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勾配天井の寝室。床材には栗が使われているが、ご主人が家の中で杖をついても傷がつきにくいように堅い木を選んだのだそう。
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寝室からはリビング越しに玄関まで見通せる。行き来しやすいように、廊下の幅はゆったりめにしている。

 

3つの世帯が助け合う暮らし

2012年末に家が完成して数年が経過する。その間に、ご主人が病気により他界をするという大きな出来事が起きていた。そのため、現在Mさんはこの家で一人で暮らしている。

ただし、一人で暮らしていると言っても、同じ敷地内の目と鼻の先には娘さん世帯の家と、娘婿さんのご両親の家がある。敷地内には娘婿さんのご両親の畑があり、大根やサトイモ、ネギや枝豆などを無農薬で栽培しており、それらの野菜は3世帯でシェアをしている。

また、小学生から中学生までの3人のお孫さんたちは、毎日Mさんの家に遊びに来て、そこで勉強をしたり食事をしたりもする。「料理もたくさん作っておいて、それをおすそ分けすることもあります。一人分だけ作っても美味しくできないですしね(笑)」とMさん。

そして何より、Mさんにとって、近くに娘さん家族が住んでいるというのは大きな安心感となっている。

一つの家に複数の世帯が一緒に住む多世帯住宅は、世代ごとの生活時間や暮らし方の違いで、互いにストレスを感じることが少なくない。しかし、広い土地にそれぞれの世帯が独立して家を持ちながら、ゆるくつながり助け合う暮らしは、プライバシーも確保された、ちょうどいい距離感の住まい方と言えるかもしれない。

 

室内の壁をパッチワークが彩る

ところで、Mさんにとってライフワークとなっている活動がある。パッチワーク制作だ。元々生家が洋裁店を営んでいて、子どもの頃から日常的に布を扱う風景を見ながら育ったという。また、Mさんは縫製工場で事務の仕事をしていた経験も持っている。

工業用のミシンを入手し、本格的にパッチワークづくりを始めたのは10年ほど前だそうだが、今ではコンクールに出品して入賞をするほどに腕を上げている。

「この家を建てる時も、ミシンを置くスペースを考えて設計して頂きました。パッチワークは、毎晩2~3時間作業をしながら少しずつ作って、それを最後に縫い合わせて完成します。大きいものだと半年も掛かることがあるんですよ。根気のいる仕事ですね」とMさん。

ダイニングはアトリエのような空間になっていて、さまざまな布地や糸が置かれている。

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窓辺に置かれた工業用ミシンで作業するMさん。窓の奥に見えるのは、娘さんたちが暮らす家。
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細かい部材をミシンで少しずつ縫い合わせていく。

家の中の壁のいたるところに、これまでMさんが作ってきたパッチワークが吊り下げられ、その様子は小さなギャラリーのようでもある。

室内の白い壁には、床に接する幅木のほかに、腰くらいの高さと、頭よりも上の高さに見切り材が巡らされている。それは、空間を引き締めるアクセントでもあり、上の見切り材はパッチワークを吊り下げるフックを取り付けられるようにという配慮から生まれたデザインだった。ちなみに、腰の高さの見切り材は、将来手すりを取り付けるための部材で、こちらも実用性を兼ねたデザインとなっている。

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寝室に吊り下げられた大きなパッチワークは今年コンテストで入賞した力作。和がテーマのパッチワークで、朱鷺(とき)の姿が見える新潟らしい作品。

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玄関正面の壁にもパッチワークが吊り下げられている。

夏は通風で涼をとり、冬は石油ストーブで暖をとる

シンプルな空間は、窓からの光が程よく空間全体に回り、穏やかな雰囲気で満たされている。訪れたのは11月下旬の肌寒い日だったが、リビングの石油ストーブで小さな家の隅々までぽかぽかに暖められていた。

最近の新しい家の暖房は、空気を汚さず水蒸気も出さないエアコンが主流になりつつあるが、石油ストーブ独特の静けさや、冬らしさを感じさせる独特の匂い、そして燃焼時に生み出される水分を含んだ生温かい空気は、最近の快適さや合理性とは異なる独特の心地よさを感じさせる。

また、南北に窓があるので、夏は両側の窓を開けることでいい風が抜けていくため、夏場もエアコンを使うことはほとんどないのだそう。そして、リビングの窓の外には八重桜が生えていて、春には満開の桜をソファから楽しめるのだとか。

機械設備で一年中均質な温熱環境をつくるのではなく、その季節らしさを楽しみながら暮らす。素朴でほっとする暮らしが自然に営まれている。

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キッチンは独立型の落ち着いた空間。
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以前から使っていた食器棚が入るように設計してもらったそう。奥の勝手口はお孫さんたちが向かいの家から行き来するのに使う第二の玄関。
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南側から光が入る寝室。ベッドの横には仏壇が置かれている。
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ソファーに座る田中さんとMさん。窓辺には八重桜にアジサイ、木蓮が見え、春から初夏にかけて色とりどりの花が眺められる。

Mさんの豊栄での暮らしは5年目に入る。

ご主人が亡くなり一人暮らしが始まったが、実際のところMさんは一人ではない。一つの土地で小さな村のように家族とゆるやかに繋がりながら暮らしを楽しんでいるからだ。

近年、シェアリングエコノミーという言葉が注目されているように、「所有」から「共有」へと価値観がゆるやかにシフトし始めている。

Mさんも、土地を共有し、畑を共有し、食事を共有し、子育てを共有しているが、事実同じ土地に家族が集まって住むことで、互いにたくさんのメリットが得られている。

そんなMさんの日常からは、これからの時代の豊かな暮らし方のヒントが見えてくる。

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佐渡で暮らす息子さん夫婦から送ってもらったという柿。とてもみずみずしかった。

M邸
所在地 新潟市北区
延床面積 56.53㎡(17.10坪)
竣工 2012年12月
設計 田中洋人建築設計室
施工 そりっど建築部

(写真・文/鈴木亮平

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鈴木 亮平

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