#009 必要なものは自分たちでつくる。古くて新しい農村での暮らし方。

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鈴木 亮平

新潟県聖籠町在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。

阿賀野市の旧笹神村。五頭連峰にほど近い場所にTさん家族が暮らす家は立っている。ご主人は新潟市内出身だが、この家を建てるまで、同じ阿賀野市にある奥様の実家で二世帯同居で暮らしていた。家づくりについて考え始め、お子様たちの小学校区が変わらないようにと、阿賀野市内で土地を探していたところ、たまたま職場近くで売りに出され始めた土地を見つけ、購入を決めたという。

「134坪の広さの土地ですが、坪単価は1.5万円。(新潟市の)中央区の20分の1の値段ですね」(Tさん)。そして新しい家には、今後のことを考えて、Tさんのご両親も呼び寄せて、3世代7人で暮らし始めた。

建築を依頼したのは、同じ旧笹神村で四代続く地元の工務店・宮崎建築だった。四代目の宮崎直也さんは、住宅の断熱性能に特にこだわっており、高断熱住宅や断熱リフォームに力を入れている。

高齢化が進む地元地域で、断熱化されていない古い家に住んでいる人が少なくないという。そのような家をできるだけ多く断熱リフォームで快適な環境に変えていきたい。そんな信念を持ち、地元工務店としての役割を果たすべく、仕事に取り組んでいる。

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宮崎建築の四代目・宮崎直也さん。

新築の場合は、高断熱仕様は当然クリアした上で、直接触れる床には肌触りがいい無垢材を使うなど、心地よい住環境づくりに努めている。

今回のT邸の家づくりにおいては、基本設計は、宮崎さんが家づくりの考え方で共通する部分が多いという八木大志建築設計事務所に依頼し、実施設計と施工を宮崎さんが行った。

完成したのは、リビングの中央に薪ストーブが鎮座する住まい。玄関からリビング内へ土間が続いており、その土間からはリビングやキッチンが見渡せる設計になっている。

「薪ストーブという力のある暖房が入っていますが、いつも通りの高断熱仕様にすることで、薪の消費量を抑えつつ、家の中の隅々まで熱が行き渡るようにしています。設計も薪ストーブを軸に考えています。また、ストーブを室内ではなく土間置きにすることで、毎日の使いやすさにも配慮しました」と宮崎さん。

また、地元産の素材を使うことを意識して建てられたT邸は、「越後杉住宅コンペ2016」(新潟県木材組合連合会主催)において優秀賞を受賞している。

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キッチンからリビングの薪ストーブを眺める。南東側の掃き出し窓から差し込む光が心地いい。
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家族7人で一緒に食事をする2m×1mの大きな座卓は、宮崎建築による製作家具。
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キッチン前のカウンターにはケヤキの一枚板が使われている。
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宮崎建築で長いこと使われないまま保管されていた板だったのだそう。
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キッチンもカップボードも造作。奥にはパントリーが見える。

断熱性にこだわる工務店の施工だけあって、家の中はとても暖まりやすいという。

「正直こんなに暖かくなるとは思いませんでしたね。実は、普段家では半袖・短パンで過ごしているんです。長男は寝るときはランニングシャツですね(笑)」とTさん。

「寒い新潟の冬でも、家族がどこにいても明るい気持ちで快適に過ごせるような家にしたいと常々考えています」という宮崎さんの想いは、しっかりと実現されていた。

薪ストーブに使う燃料は、大工さんからもらう古材や、農家の方からもらう果樹の枝などで賄っているという。家の前の薪小屋にはさまざまな木が詰め込まれ、幾何学模様の断面をつくり出している。さらに、入りきらない木材が家の前に山のように積まれている。「新築なのに廃墟みたいですよね」とTさんは笑う。

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大きな下屋が印象的なファサード。家の前には薪ストーブの燃料となる木材が山のように積まれていた。
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さまざまな木の枝や材木が詰まった薪小屋。

塗り壁は自分たちでDIY

リビングや寝室の壁は、調湿効果がある地元阿賀野市の「越の壁」という塗り壁で仕上げられている。「日本の家は元々土壁ですから、そういう仕上げにしたいと思っていました。でも、塗り壁の施工を職人さんに依頼すると高くなってしまうので、自分たちでやることにしたんです」(Tさん)。

休みの日が来る度に家族で壁を塗りに訪れ、知人にも手伝ってもらいながら約1カ月ほど掛けて完成させたという。「はじめは家族しか使わない寝室から塗り始めたんです。リビングをやる頃には上達してきたので、リビングと寝室の仕上がりの差が大きいですね」と笑うTさん。「今度自分の家でもやってみたいので…」と練習も兼ねて手伝いに来る知人がいたり、和気あいあいとみんなで楽しみながら壁を塗っていったのだそう。

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2階のウォークインクローゼット。こちらの塗り壁から塗り始めたのだそう。入口が2つあり、回遊できる。

無垢とベニヤがバランスよく調和する空間

土間には薪ストーブが置かれているが、薪ストーブを入れようと思ったのは、これまでの奥様の実家での暮らし方をあまり変えたくなかったからだという。奥様の実家でもストーブが使われていたそうだ。「ただ、煙突に触れるとものすごく熱くて、子どもたちにはちょっと危険なストーブでしたね」(Tさん)。

新しい家の開放的なリビングにはストーブの熱が隅々まで行き渡る。天気のいい日は南側の窓から日差しが差し込み、より快適な空間となる。「玄関・土間・リビングが一体の間取りは、中と外の隔たりが少なく、すごく楽に暮らせますね。掃除もしやすいですし」とご夫婦。

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玄関の土間は、リビングまで続いている。
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リビング全景。

また、ベニヤを多用しているのもT邸の特徴だ。天井の仕上げや建具にはラワン合板を用いており、無垢の床との相性もいい。「木を使いすぎる空間も、ビニルクロスに囲まれた空間も嫌でした。ベニヤはちょうどいい建材でしたね」とTさん。クリアオイルで塗装されたラワンベニヤは、廉価な建材でありながら、程よい素材感で空間の雰囲気を高めるのに一役買っている。

また、造作の可動棚が随所に設けられているが、棚板にもベニヤ板を利用。素朴で機能的なベニヤ板は、気取ることなく、家族の生活をサポートしている。

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天井のラワンベニヤの表情がきれいなリビング。こちらのテーブル(1m×1m)も宮崎建築のオリジナル。もう一つのテーブルとつなげて使うこともできる。
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開放的なつくりのリビング。床のタモ材を中心に、自然素材がふんだんに使われている。

1階はLDKと水回りのほかに、ご両親の寝室がある。玄関から左側が家族が集うLDKで、右側はご両親の寝室。プライバシーにも配慮された分かりやすい間取りが特徴だ。

階段を上がると、2階のホールには大きな本棚が造作されており、その横は書斎スペースとなっている。PCスペースとしても、子どもたちが勉強をするのにも使える場所で、薪ストーブのおかげでこの空間もポカポカと暖かい。

そこに隣接してウォークインクローゼット付きの寝室と、将来3部屋に間仕切りできるロフト付きの子ども部屋が配されている。

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2階のホールはちょっとした書斎スペース。2階の床は全てパイン材。
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階段を上った先の壁一面は本棚になっている。奥に見えるのは子ども部屋。
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将来3部屋に区切ることができる子ども部屋。ドアも3つ作られている。
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今は子どもたちの遊び場になっているロフト。収納力たっぷり。

深い庇の下も、大切な生活スペース

ポーチには深い庇が伸びており、雨天時の出入りの際に慌てなくていい。また、斧を使って薪割をするのにもちょうどいい場所となっている。さらに、軒下でシイタケや柿を干したりと、庇のある空間は日々の生活にも重宝している。

最近のデザイン性を追求する住宅で省略されがちな庇は、雨から建物を守るという基本的な役割はもちろん、屋外に生活空間を拡張するのにも役立っている。

もらい物の柿をさわして、ひもに括り付けて干し柿にする。農業がごく一般的な生業とされてきた地域では、お金を介さずに、農産物が物々交換のごとく流通するのは珍しいことではない。それは都市にはない農村地域が持つ豊かさと言える。

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薪割スペースにもなる広いポーチ。奥には薪小屋が見える。
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軒下には干し柿が。
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下屋部分はシイタケを干すのにも最適なスペース。

ごく自然に行われるサスティナブルな暮らし方

実はTさんは地元の農協に勤めている。そこでは25年以上も前から環境保全型農業に力を入れ、農薬や化学肥料を極力使わない米作りに取り組んできた。Tさんの名刺には「生き物調査アシスタント」という肩書が入っており、定期的に田んぼなどに生息する生き物の調査をしながら、水や農地の環境保全を進めている。

ものを作り出す農業に関わっているTさんの職業柄か、家づくりや暮らしにも自分たちで作り出す精神が自然と現れている。

できることを自分たちでやれば、その分の費用を節約できる上に技術も身に付けられる。そういう意味で、塗り壁の施工は一石二鳥となった。今後補修が必要になった時も、「やり方が分かったので自分たちでできます」とTさん。

薪ストーブの薪も地元でお金を掛けずに調達する。間引いた木や枝を引き取ってほしい人との間には自ずとWIN-WINの関係が成り立つから、お金を介す必要がない上に、地元の木を燃料にすることは、輸送によるエネルギーロスも少なく環境にもやさしい。

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フローリングに腰掛けながら薪をくべるご主人。

T邸には派手さや華美さはない。ただし、快適さ・心地よさ・暮らしやすさといった、住まいとして最も重要な部分が実直に実現されている。

T家では、そんなベースの上に、生活は自分たちでつくるというDIYの精神がゆるやかに自然に息づいているように見える。

とは言え、もちろんTさん家族が文明を否定しているわけでも、振り切った自給自足を目指しているわけでもない。

今や情報の得やすさや物の得やすさにおいては、農村と都市の間に大した差はないが、一方で生活コストは農村の方が圧倒的に安く、生きていく上での根本的な経験も得やすい環境にある。

価値観が多様化した今、農村に根を張って暮らすというのは、多くの人にとって現実的な選択となるかもしれない。

T邸
阿賀野市
延床面積 162㎡(49坪)
竣工 2016年3月
施工・実施設計 宮崎建築 (宮崎建築Facebookページ
基本設計 八木大志建築設計事務所

(写真・文/鈴木亮平

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鈴木 亮平

新潟県聖籠町在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。