鈴木 亮平
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戸建て住宅やアパートが連なる新潟市東区の県道沿いに立つO邸を訪ねた。
南側道路に接する敷地は、手前(南側)から奥(北側)へと伸びる、奥行方向に長い土地だ。
車通りの多い道路沿いだが、手前に駐車スペースを挟むことで、なるべく道路から隔絶されるようにしている。
駐車スペースを横向きにしているため、敷地内で車を切り返すことができる。リビングから車の後ろ姿ではなくサイドが見られるのもポイント。排気ガスがリビング側を目掛けて排出されることもない。
外観はすっきりとしたシンプルな切妻屋根。ごつごつした印象を与えがちな破風板を最小限に抑えることで、一般的な住宅と比べて屋根がかなり薄く見えるように設計されている。
このような納まりの美しさは、設計をした加藤淳一級建築士事務所の加藤淳さんが得意とすることだ。
営業マンを介さずに直接専門家と密なやり取りができる
O邸は30代半ばのご夫婦と、6歳と3歳のお子さんの4人暮らし。以前は中央区内の賃貸マンションに住んでいたが、上のお子さんが小学校に上がる前に生活の拠点を定めたいと、家づくりを検討し始めた。
Oさん夫婦が加藤淳一級建築士事務所を知ったのは、Daily Lives Niigataの記事がきっかけだったという。他の地元ビルダーにも訪れ相談をしていたが、やりとりを進めていく中で最もいい家づくりができそうだと感じた加藤さんへ依頼することに決めた。
「営業マンを介さずに、建築士と大工(株式会社Ag-工務店・渡部栄次さん)のお二人と直接打ち合わせできるので、判断や意思決定が的確で素早いのもポイントでした」とご主人。
100足の靴が収納できる玄関
玄関ドアを開けると、決して広くはないがたっぷりと収納が設けられた玄関が現れた。
右には天井まで高さがあるオープンな下駄箱があり、そこには普段使いの靴を入れている。傘を掛けられるスペースもあり、使い勝手がいい。
さらに右に曲がると、上着などを掛けられるハンガーパイプも設けられている。
一方、下足をして上がったところにはルーバー付きの建具が並んでいるが、この中もすべて下駄箱だ。
夫婦ともに靴が多く、2人の娘さんたちのことも考えて合計100足分の収納を希望した。
靴を脱いで上がると正面右には階段があり、左にはLDKへとつながる引き戸があった。マリメッコのプータルフリンパルハートという野菜柄のテキスタイルが目を引くが、これはファブリック素材を使ったパネルを壁に埋め込んだもの。
これは奥様が制作をしたパネルで、壁のくぼみには好みのものを簡単に入れ替えられる。
心地よい光と風。数値化できない快適さがある
引き戸を開けてLDKに入ると、左側(南側)には大きな掃き出し窓があり、正面(西側)には高窓、右奥(西側)の畳スペースには隣家の庭へと開いた窓、そしてその畳スペースを眺める場所に対面キッチンが配されていた。
照明を点けなくてもあちこちから光が入り込み、ちょうどいい明るさに保たれる。決して明る過ぎるわけではなく、少しずつ色々なところから光がこぼれてくる設計で、その強過ぎない光が何とも言えない穏やかな心地よさを生み出している。
「2階のベランダの窓(南側)と1階のランドリールームの窓(北側)を開けると、すごくいい風が抜けるんです」と奥様。
光と風。目に見えにくく数値化もできない2つの要素が、O邸の心地よさをつくり出している。
マルニ60が味わいのある雰囲気をつくる
リビングにあるソファはマルニ60のオークフレームソファ。
ダークグリーンの帆布のクッションがこなれた雰囲気を醸し出しているが、同じオーク材の床との相性もいい。
ソファの上の壁にはマリメッコのプケッティ柄のパネルが飾られており、シャビー感のあるテイストがソファと調和している。
このパネルは奥様がワークショップに参加して作ったものだ。「パネルを作るのが楽しくなって、最近はホームセンターでボードを買ってきて家でも作るようになりました」(奥様)。
隣家の庭を眺められる畳スペース
リビングのTVボードや棚は造作で、お子さんたちの幼稚園の道具など、普段使いするものを収納している。
その隣はご主人が希望した4畳の畳スペース。ごろりと横になれる畳スペースは大人の昼寝スペースでもあり、お子さんたちの遊び場でもある。窓越しに豊かな緑が目に飛び込んでくるが、隣の家の庭木が借景だ。
これにより、外へと抜ける感じがつくられており、レース地のブラインドを閉めていても、うっすらと緑を楽しめる。
小さな床の間も設けられているが、ここには古い火鉢に消臭用の木炭が置かれていた。この火鉢は江戸時代末期から明治時代に生きた鋳金家・本間琢斎氏の作品で、奥様のおばあ様が新築祝いに譲ってくれたものだという。
表面に紫色の模様が見られるが、これは「斑紫銅(はんしどう)」と呼ばれる特殊な技法によるものだ。
そんな伝統工芸品も空間に溶け込んでいた。
変化を付けたヘリンボーン張りの壁がアクセント
シンプルにまとめられたO邸のLDKの中で特徴的な意匠が、キッチン前のヘリンボーンの壁。「以前、Ag-工務店さんの阿賀町での完成見学会で見た、壁のヘリンボーンがいいなと思っていたんです」と奥様。
「この床材を販売しているアンドウッドの遠藤さんからは『この方がツウっぽくなりますよ』とアドバイスを受けて、斜めではなく水平垂直が出る張り方にしてもらいました」とご主人。
この壁がLDKのアクセントとなっているが、無垢材ゆえに空間全体との調和も取れている。
施工を手掛けた株式会社Ag-工務店の渡部栄次さんも「このヘリンボーンの壁が施工の中でも特に面白かった部分ですし、この家の大きな魅力」と話す。
子どもたちも喜ぶ回遊動線
合理的な家事動線も1階の平面のポイント。
キッチンの隣にランドリールームがあり、食事の準備と洗濯がスムーズに行える。そこからぐるりと回って再びLDKへと戻れる回遊動線が作られており、行き止まりなく動ける設計だ。
「子どもたちがよくここをぐるぐる走り回って遊んでいて。家事効率だけでなく、子どもたちが楽しそうに過ごしているのもうれしいですね」とご主人。
洗面脱衣室には洗濯機を置かないことで、目的がシンプルで使いやすい空間になっている。
多目的なホールが2階の中心
次に階段を上がって2階へ向かった。2階のホールは物干しスペースと本棚、書斎の3つの機能があるが、奥まった書斎スペースは籠もって作業をするのにちょうどいい。
本棚にはお子さんたちの絵本や、ご主人の趣味のカメラが並んでいる。
ベランダに面した大きな窓から光が注ぐ明るいホールは、そこに座って本を読むのにも良さそうだ。
天井に付けられた物干しユニットを使って洗濯物も干せるなど、何役もの機能を備えている。
さらに天井の上には小屋裏収納もある。「数カ月に一度、物を出し入れするために小屋裏に上がるんですが、子どもたちも秘密基地のように楽しんでいます」(ご主人)。
奥の子ども部屋は中央に共有のクローゼットを挟んだ左右対称の構成。
完全に2部屋に分けるのではなく、互いの部屋を気軽に行き来できる間取りになっている。
設計と施工、それぞれの専門家に頼む良さ
「個人の設計事務所に家づくりを依頼するというのは少数派かもしれませんが、本当に満足できる家を建ててもらえました。
打ち合わせを重ねて、加藤さん・栄次さんとつくり上げた家なので、どの部分を切り取ってもそこにストーリーがある。だからこそ、深い愛着を持って暮らせているんだと思います。
これから家を建てる人も、規模感のある住宅会社だけでなく、個人の設計事務所も選択肢に入れた上で『誰に頼むか?』を決めるというプロセスがいいんじゃないかなと思います」とご主人。
ところで、意外にも、住宅に対して「こうしたい」という強いイメージを持っていたわけではなかったという。それでも、これから何十年と住んでいく家は、信頼できる人と一緒につくりたいと考えていた。
いくつかの住宅会社にもプラン出しを依頼していたが、敷地をしっかり調べ、論理的に最適解を導き出し、丁寧に説明をしてくれた加藤さんの提案が最も腑に落ちるものだったという。
「友達が遊びに来ると『すごく居心地がいい』『落ち着く』『いつまでもいたい』と言われることが多いです。私たちもこの家でゆっくり過ごす時間が好きですし、休みの日の食事も家で食べたいので外食にはあまり行かなくなりましたね」と奥様。
設計事務所がつくる家と聞くと奇抜なデザインをイメージする人もいるかもしれないが、O邸は決して大胆で特殊なことがなされているわけではない。
一方で、気をつけなければ容易に起こり得る「不快感」を見事に避けている。
家族の拠り所となる家に求められる居心地の良さ。それは、敷地条件によって導き方が変わるし、目に見えにくく数値で表しにくい部分も多い。
それは建築士の感性によってつくられる部分が大きいものなのかもしれない。
O邸
新潟市東区
延床面積 103.96㎡(31.39坪)
竣工年月 2018年7月
設計 加藤淳一級建築士事務所
施工 株式会社Ag-工務店
(写真・文/鈴木亮平)
鈴木 亮平
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