【インタビュー】「家は建てない方がいい」からスタートする家づくり。エスネルデザイン・村松悠一さん

DSC02757
The following two tabs change content below.

鈴木 亮平

新潟市在住のフリーランスの編集者・ライター(屋号:Daily Lives)。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。紙・WEB問わずコンテンツ制作を行う。

三条ものづくり学校(三条市)内に事務所を構える住宅設計エスネルデザイン。柏崎市出身の村松悠一さんが2018年8月に創業した設計事務所で、「超高断熱の小さな木の家」を手掛けています。

断熱性能をきちんと数値化し、UA値=0.3を切る超高断熱仕様としている点が村松さんが手掛ける住宅の特徴となっています。

2020年7月現在、2棟の新築住宅と2棟の住宅リノベーションが完成。現在、長岡市・新潟市で3棟目、4棟目の新築工事が進んでいます。

エスネルデザインのWEBサイトをのぞけば、事務所を立ち上げる以前の2015年から現在までたくさんの建築に関する考察がブログ記事としてアーカイブされているのも特徴です。

そんな村松さんに、田上町にある椿寿荘にてお話を伺いました。

DSC02735-Edit

 

エスネルデザイン 代表 村松悠一

DSC02754

1985年柏崎市生まれ。大学卒業後、長岡市のゼネコンの住宅部門の営業マンとして3年間働いた後に、世界一周の旅に出発。旅先で様々な建築や暮らし、価値観に触れ「幸せな暮らしとはなにか」を考える。1年2カ月の旅を終え、高気密高断熱住宅専門の設計事務所での5年間の勤務を経て、2018年に「住宅設計エスネルデザイン」を開業。2020年より、新潟県内の住宅関係者が集まるコミュニティ「住学(すがく)」の校長を務める。

 

大学で建築を学び、ゼネコンのアパート営業からキャリアをスタート

鈴木 最初に村松さんの経歴を教えて頂けますか?

村松 高校時代に大学で建築を学ぼうと決めたんです。僕の父は一級建築士でゼネコンの現場監督として働いていて、具体的にどんな仕事をしていたかは分かりませんでしたが、何かしらの影響を受けていたのだと思います。

DSC02746

鈴木 学生時代に住宅の設計をやりたいと考えていたんですか?

村松 いえ、学生時代に住宅をやりたいと思っていたわけではないんです。それに実は学生時代は遊んでばかりいて、あまりまじめに勉強をしていませんでした(笑)。

大学卒業後は地元に帰りたいと思い、長岡市のゼネコンに就職しました。その時も住宅会社は受けていなくて。それよりも、まちづくりに関われる仕事をしたいと思っていたんです。

ちなみに設計ではなく営業志望で入りました。人と話すことが好きでしたし、まず「売る」ということに挑戦してみたかったからです。あと、まずはお客さんと話す職種から入った方がいいんじゃないかと、漠然と思っていました。

で、就職して最初はアパート営業をやっていたんですけど、当然新入社員がすぐに結果を出すことはできず…。半年たった頃に新潟市内の住宅部署に異動になりました。

鈴木 なるほど…。今とはずいぶんイメージが違いますね(笑)。

村松 そもそも理詰めで考えるのが好きな性格だったので、アパート営業の「これだけ投資をしたら、これだけリターンがあります」とか、そういう考え方が好きでしたし、まだ一つも結果を残せていなかったので、そこで住宅の部署に異動というのはすごく嫌でした。異動させないで欲しいと副社長に直談判したくらいです。もちろん希望は通りませんでしたが(笑)。

でも異動をしてみたら新しいやりがいを感じるもので、一棟目を建てた時にお客さんから「ありがとう。村松さんのおかげだよ」と言われたのが衝撃を感じるくらいに嬉しくて。すごく大変だったんですけど、頑張ってよかったな…と。

鈴木 そこで住宅の面白さを知ったんですね。

村松 そうですね。ただ当時は今のように住宅に関する深い知識があったわけではないんです。実務として設計を経験していなかったので、専門的なことを知らない状態でした。

 

「幸せって何だろう?」その答えを探しに世界一周旅行へ

鈴木 その後、その会社で3年働いた後に退職して世界一周旅行に出たんですよね。

村松 学生時代から「26歳で会社を辞めて世界一周旅行に行こう」と決めていたんです。20歳の頃に高橋歩さんの『人生の地図』という旅の本を読んでかぶれてしまって(笑)。それに、僕が社会人になった年にはリーマンショックで景気が悪くなったりして、何となく日本社会の閉塞感を感じていましたし。

そうして、幸せって何だろう…?と考えるようになって。例えば就職先を東京にするのか地元にするのがいいか?定年まで会社に居た方がいいのか、早く辞めた方がいいのか?いろいろなことが分からないでいました。

そこで、「幸せってなんだろう?」というのを世界の人に聞いて回りたいなと思って。漠然とした危機感と好奇心で旅に出ようと思ったんです。

DSC02757

鈴木 新卒で入って丸3年経つ頃はどんどん仕事が面白くなっていく時期だと思います。迷いはなかったですか?

村松 なかったですね(笑)。小学校が6年で終わるのと同じ感覚で、会社も3年で辞めようと思っていたので。で、入社4年目の2011年6月末で退職をしました。

東日本大震災があった年だったので、地震の後に宮城や福島の被災地にボランティアに行ったり、退職後は旅行資金をもう少し稼ぐために柏崎の建材屋さんで3カ月間だけ働いたりして、その年の12月1日に旅行へ出発しました。

鈴木 奥さんと2人で旅に出たんですよね。

村松 そうなんです。学生時代に「就職して3年働いたら旅に出る」という話をしていて、そしたら「私も行く」って。彼女はそれに向けて「私は旅行を学ぶ」と言って、大学卒業後に旅行会社に就職しました。

途中、友人の結婚式があって1週間くらい日本に帰って来た期間もありますが、約1年2カ月旅行をしていました。最初にオーストラリアに行き、その後、東南アジア、インド、ヨーロッパ、北米、南米を回り、2013年の2月に帰国しました。

2012.6インド 330
村松さんの旅行中の写真(2012年6月、インド)

 

旅を経て、日本の住宅の課題を感じる

鈴木 僕も旅行が好きですが、そんなに長期間の旅行をしたことがないのでうらやましいです。旅をして自分の中で変わったことはありますか?

村松 世界各地を旅行したことで、日本が本当に素晴らしい国だと心から思うようになりました。

鈴木 それは、どんなことがですか?

村松 安全で安心ですし、経済的にも豊かだし、道徳心がとても高度で成熟していることです。他の国に行くと宗教があることでモラルが保たれているように思いますが、日本人は歴史や風土から培われた道徳心によりモラルが保たれていることに気づきました。

例えば、大きな災害が起こった時も、日本人は暴動や略奪などを起こさずに個人が自制することができます。ただ、日本人はその良さに気づいていないようにも思います。

あと、旅に出発した時は建築のことを考えていたわけではなくて、「今後自分が何をやって生きていこうか?」ということを考えていたんです。

ですが、旅に出て3週間程経った時、気が付けば自邸のプランばかり描いていました。夜考え始めたら寝ないで朝までプランを描いていることもありました。その時に彼女(現在の妻)に「すごいね」と言われて、改めて自分が建築が好きなんだということに気づいたんです。

それからすぐに、旅のテーマを「建築巡りの旅」に定義し直しました。

2012.8.20スイス 498
村松さんの旅行中の写真(2012年8月、スペイン)
2012.11.25ロス建築 326
村松さんの旅行中の写真(2012年11月、アメリカ)

鈴木 なるほど…。ちなみに、旅行を経て日本の課題などは感じましたか?

村松 そうですね。日本人は「あまり自由じゃない」と感じるようになりました。それはなぜだろう?って考えた時に、その原因の一つが住宅にあるんじゃないかと思ったんです。具体的に言うと、「住宅ローンによる縛りが大きい」ということです。

今は変わってきていますけど、少し前までは終身雇用が当たり前で、転職がいい選択肢にならないことが多かったと思います。そして、新築した家も高値では売れなくて。だから住宅ローンを組んで新築してしまったら、そこで人生が固定化される。勤めている会社が嫌でも、新しいことに挑戦したくても会社を辞められなかったりします。

世の中の住宅も質の高いものは少なく、資産価値を維持できないので売却も難しい。その結果、住み続けるしかない。そこが課題であるように思ったんです。

であれば、その課題をクリアできる住宅をつくれば、そんな日本人の不自由さを解決できるんじゃないかと思いました。

質が高く、将来手放すときに資産価値を落とさずに売れる家。余計なコストを掛けない小さい家。自分ならそういう家を建てたいですし、そう考える人が今後増えていくんじゃないかと考えるようになりました。

 

帰国後、設計事務所に勤務し一級建築士資格を取得

鈴木 2013年の2月に旅行から帰って来て、その後設計事務所に就職したんですよね。

村松 先輩に教えてもらった超高断熱住宅をつくる設計事務所に空きが出て、そこに入れることになり、2013年の3月末から設計事務所で働き始めました。そこで仕事をしながら、先程話した「質が高い小さい家」を自分なら建てたいと思うようになったんです。

DSC02767-Edit

鈴木 その設計事務所は何年間勤めようとあらかじめ決めていたんですか?

村松 いえ、期間は特には決めていなかったです。ただ、一級建築士資格を取った後に独立しようとは考えていました。

2017年に一級建築士資格を取得し、準備を経て、2018年8月に独立したんです。事務所には丸5年お世話になりました。

鈴木 その事務所での経験が現在のエスネルデザインの家づくりに繋がっているんですね。

 

「家は建てない方がいい」から逆算する家づくり

鈴木 次に、村松さんが家づくりで大事にしている考え方を教えて頂けますか?

村松 先ほど「将来手放すときに資産価値を落とさずに売れる家」という話をしましたが、そうして人生がフレキシブルになる家をつくりたいと考えています。

あとは、家を建てても家計のゆとりを持てること。それは僕が欲しい家なんです。エスネルデザインの家づくりの対象となるペルソナ(ターゲットにおける具体的な人物像)は僕自身なんですよ。

そもそも、僕自身はできれば家を建てたくないんです。借金が怖いので(笑)。だけど、他の住まい方も検討しましたが、今ある選択肢の中では新築がベストだと感じています。だったらどんな家にしたらいいか?という逆算で考えています。

それでイニシャルコスト(工事費)、ランニングコスト(光熱費)、メンテナンスコスト(修繕費)を抑えられるように、足る分だけの大きさにしたいと考えていて。家族4~5人であれば、26~28坪くらいがちょうどいいと思っています。

あとは冬でも家の中が暖かいこと。

「お金が掛かるのが嫌」「寒いのが嫌」。この2つは何十年後も変わらない要望だと思うんですよ。その2点の課題をクリアする家に特化しています。

DSC_1528-Edit
網川原の家(2019年9月・エスネルデザイン設計)

DSC_9023-Edit-電線消し

荻曽根の家(2020年6月・エスネルデザイン設計)

あと、それに付随して「空間のアウトソーシング」という概念を提唱しています。例えば、家に素敵な庭があったらいいけど、街にもこの椿寿荘のような素敵な庭がありますから、無理して所有しなくてもいいんじゃないかな?という考え方です。

他にも、書斎の代わりにカフェを利用したり、たまに誰かが泊まりに来る場合はホテルを利用できますし。そう考えていくと、家は慎ましく簡素で済みます。

その結果、家計にゆとりを生み出すことができると思います。

あとは、住宅の性能や耐久性を上げることで価値の目減りを抑えられれば、売却をして別のところに住んだり、人生の自由度を高められると思います。

DSC02747-Edit

鈴木 たしかに、逆に昔ながらの広い家を相続して困るというのはよくある話ですよね。使わない部屋がたくさんあって、修繕費が掛かって、冬めちゃくちゃ寒い。村松さんの家づくりは、これからの住宅の概念を突き詰め、合理的に考えて形にしている点が特徴的ですよね。

ところで、村松さんは柏崎で奥様のご実家に住んでいますが、自邸を建てようという計画があるんですか?

村松 まだ分かりませんが、2~3年後に…というのを考えています。子どもと過ごすゴールデンタイムを意識しているので、建てるなら早めがいいなと思っています。子どもが小さいうちに木の風合いや変化を感じて欲しいし、アレルギーにならないようにしたいという理由からですね。

ただ、子育て時期を逸したら建てないかもしれません(笑)。

鈴木 村松さんはブログでも「家づくりを勧めない」って書いてますもんね(笑)。

 

初期費用が安くてもトータルコストが高くなるケースがある

鈴木 質問が重複してしまうかもしれませんが、現在の日本の家づくりで課題に感じていることを教えて頂けますか?

村松 魅力的な「住」の選択肢が少ないことです。中古住宅でそのまま住める質のいいものが少なかったり、リノベーションで性能を向上させると費用が新築とあまり変わらなかったり。マンションも古いものだと維持管理費が高かったりスラム化するリスクがあります。

そうすると、現時点では新築がベストだなと感じています。戸建てで言えば、優良な住宅ストックが少ないということが課題ですね。それに今もなお優良でないストックがつくり続けられているのも現実です。

住宅のプロが建て主様にとっての長期的なメリットを考えれば、住宅の質は自ずと上がっていくと思うんですけど、建て主様の短期的な要望に応えるだけのものだと質が低く安いものになってしまいがちです。そうすると建物の価値を長期的に維持できなくて、建て主様が不利益を被ることになります。

ローコスト住宅でもトータルコスト(イニシャル・ランニング・メンテナンスコスト)が安いのであれば、コストの最小化という意味で、それはそれでありかとも思います。

ですが、そういった家のトータルコストが高性能住宅よりも高くなってしまうケースは問題です(外壁メンテナンス費や光熱費が高いなど)。実際に、そういう住宅が今もつくられているのが業界の課題だと思っています。

あとは、耐震性ですね。2007年の中越沖地震で僕の実家は半壊、妻の実家は全壊しました。そこで問題なのは、安全性はもちろんですけど、地震で建物が損傷したら直すのにすごくお金が掛かるということです。それでエスネルデザインでは耐震等級は最高等級の3としています。

鈴木 たしかに…。度重なる地震に耐えられなければ、命は守れても建物の資産価値を一瞬で失ってしまいますよね。

村松 はい。「倒壊しない」ではなく、「損傷しない」を目指しています。それによって再販価格も維持したいと考えています。

 

税別2,400~2,800万円。超高性能住宅を2,000万円台半ばで

鈴木 では次に、エスネルデザインさんの家がどれくらいの金額で建てられるのか教えて頂けますか?

村松 税抜で2,400~2,800万円程度になることが多いです。設計料を含む価格で、カーテン以外一式です。延床面積は26~28坪で超高断熱仕様、地盤改良費、外構、土間コンクリート、カーポートを含みます。

鈴木 2,400~2,800万円はわりと幅がありますが、どんなことで金額の違いが出てきますか?

村松 地盤改良の金額、カーポートの有無、植栽の量、造作の家具や建具の数、ベランダの有無、キッチンなどの設備機器によって変わります。しかし、超高断熱、耐震等級3、高基礎、杉板外壁などは変えないようにしています。性能を落とすことは建て主さんの幸せにつながらないと考えているからです。

ブログを読んでそのあたりの考えに共感を頂いた方から依頼されることが多いので、そもそも「予算を抑えるために性能を落とそう!」という話にはならないですが。

鈴木 やはりブログを読んで問い合わせてくる方が多いですか?

村松 そうですね。根拠と共に僕が目指している家のことをブログで発信しているんですが、ブログを熟読されてメールでお問い合わせを頂くというケースが多いです。お客さんの特徴としては、熱心に調べる方、特にご主人がネットで調べながら僕のブログにたどり着くことが多いです。

 

もっと自由な人生を送れるように、家づくりの概念を啓蒙

鈴木 最後に、今後挑戦してみたいことはありますか?

村松 新築住宅を設計することについては今まで通り、ブログを書いていい家を提案していくということを続けたいと思います。それプラス、今日話したようなことをもっと啓蒙していきたいです。

半分仕事で半分趣味みたいなことなんですけど、自分が旅をして感じた「もっと自由に、フレキシブルな人生を送れた方が楽しいはず!」という感覚を多くの人と共有したいですね。

DSC02752-Edit

鈴木 家づくりって、人を幸せにもするし、不幸にもする可能性があるものだと思います。そこで、家を持つにあたって前提となる概念、例えば、「そもそも何のために建てるんだろう?」ってしっかり考えることがすごく重要だと思うんですが、村松さんはそこをめちゃくちゃ掘り下げてる感じがしますね。しかも、考えが整理されていて分かりやすいです。

 

家を建てるのだとしたら、人生を不自由にしない家にしたい。それはどんなものなのか?そんなところからスタートしている、エスネルデザイン村松さんの家づくり。

どんな家を建てたいかよりも先に、どんな人生を送りたいか?を突き詰めて磨かれたのがUA値0.3を切る超高断熱仕様の小さな家です。

これから家づくりを考える人はぜひ参考にしてみてはいかがでしょうか?

たくさんの記事がアップされているエスネルデザインさんのWEBサイトですが、まずは「私たちについて」から見ていくと分かりやすいです。

 

今回の取材は田上町にある豪農の館・椿寿荘で許可を得て行いました。

DSC02741-Edit

椿寿荘は、旧田巻家の離れ座敷として大正7年に竣工された寺院様式の建築。枯山水庭園は飛石で水の流れを表し、須弥山や三尊仏に見立てた石組が配されており、四季折々の美景を愉しむことができます。個人的には苔が生き生きとして見える雨の日をお薦めしたいです。

椿寿荘(ちんじゅそう)

住所/新潟県南蒲原郡田上町田上丁2402-8
開館/9:00~16:00(年末年始休館)
休館/水曜(※10月~11月は毎日開館)
入場料/400(300)円、小中学生 300(200)円 ※( )内は団体20名以上
電話番号/0256-57-2040
URL/http://chinjyuso-tagami.cocolog-nifty.com/

 

取材協力/エスネルデザイン 村松悠一さん

文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平

The following two tabs change content below.

鈴木 亮平

新潟市在住のフリーランスの編集者・ライター(屋号:Daily Lives)。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。紙・WEB問わずコンテンツ制作を行う。