鈴木 亮平
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『オーム』を思わせる、節のある外観デザイン
燕市の中でも、上越新幹線の燕三条駅や北陸自動車道の三条燕ICに程近い便利な場所に新築をしたAさんご家族の家を訪れた。
黒いガルバリウム鋼板と塗り壁で仕上げられた外観は、正面から見ると2つのボリュームの建物が重なっているように見える。
当初は手前にさらに小さなボリュームのインナーガレージを設けて、節足動物のようなフォルムの建物を計画していたという。「『風の谷のナウシカ』に登場するオームみたいなイメージですね」と、設計したイイヅカカズキ建築事務所の飯塚一樹さんは話す。
建物は180坪の広大な土地の北西に寄せて配置。
通りがある南側は閉じ、東側へと開く構成だが、それにより通りとの距離をつくり出している。東側には1間(約180cm)のウッドデッキと庇があるが、深い庇のおかげで雨の日に窓を開け放っても、室内に雨が入ることがない。
オームの体内に吸い込まれていくようにアプローチを進んで行くと、最初に現れるのはタイル張りの庭。そこには1本のトネリコが植えられており、切り欠いた屋根から幻想的な光が落ちる。
このアプローチを歩くことで、車を降りて家に入るまでの間にONからOFFへと気持ちを切り替えることができる。
「遊びに来る友人たちも、ここで一度立ち止まることが多いですね」(奥様)。
玄関土間に面した小部屋は、ご主人の隠れ家
玄関ドアを開けると、ポーチと同じタイル床の空間が奥へと伸びていた。サイドの窓からトネリコの木が見えるが、それは額縁に納められた一枚の絵のようだ。
姿見の奥の左側には4.5畳の部屋が設けられており、壁や天井はOSBと呼ばれる合板で仕上げられている。
このラフな空間はご主人の個室で、趣味の釣りや野球の道具、DIYの工具などが散りばめられている。
「夜はここで釣り糸を巻いて過ごすことが多いですね。以前は車の中に釣り道具を入れていましたが、この部屋ができたことで道具を増やせるようになりました」と、ご主人は少年のように笑う。
ブラックバス釣りが好きで、釣り仲間と福島県の檜原湖まで出掛けることもあるという。
玄関土間によって隔てられた個室は離れのような空間で、仕事関係の勉強をしたり、1日の終わりに一人の時間を楽しむのに最適だという。
調理の時間が楽しくなる、美しいキッチン
再び玄関に戻ると、黒いスチールフレームの引き戸の奥にギャラリーのような廊下が伸びていた。
幾何学模様のタイル壁に棚が伸び、そこにはドライフラワーやお子様の絵が飾られている。
ショップやホテルの一角のような贅沢な空間が、廊下を歩くという何気ない行為に特別感を与えてくれる。
廊下を抜けた先にあるのはキッチンとダイニング。ネイビーカラーの家具のようなキッチンはkitchenhouse社製。奥行き100cmの広い天板は料理を並べるのにも都合がよく、調理作業をストレスなく行える。
バックセットも同じデザインで統一され、ショールームのような整った空間が完成していた。壁はタイルのヘリンボーン張り。美しいキッチンには絵画がよく似合う。
シンプルですっきりとしたキッチンを保てるのは、奥に4畳のパントリーがあるからこそ。冷蔵庫も格納することで、見事に生活感を排除できている。
「パントリーには回遊性を持たせているため、スムーズに移動できます。設計においては毎日の家事をストレスなくできることも重視しています」と飯塚さん。
美しく使い勝手のいいキッチンができ上がり、「料理を作る時間が楽しくなりましたね」と奥様は満足そうに話す。
キッチンには洗浄力の高さに定評があるミーレの食洗器をビルトイン。食器洗いの時間がなくなり、生活にゆとりが生まれたそうだ。
壁のレトロなデザインの時計はイングランドのNEW GATE社製、ワイヤレススピーカーはマーシャル社製。ちょっとしたインテリアにも奥様の美意識が現れている。
ちなみに玄関からは家族用の廊下も伸びており、洗面スペースを通ってまっすぐキッチンへ向かうこともできる。
家具選びから始まった家づくり
キッチンの前にはダイニングとスチール階段、左には階段を少し上がった小空間、右にはダウンフロアリビングと吹き抜けが広がる。
ダイニングセットは全てジャーナルスタンダードファニチャー。パクストン・エルディー・テーブルに、パクストン・エルディー・ベンチを組み合わせL字型のセットをつくり、もう一方にはリージェント・ベンチを配している。
「最初にジャーナルスタンダードファニチャーの家具を入れることを決めていて、それに似合う空間を希望しました。人に自分の理想を伝えるのってすごく難しいことだと思うんですが、飯塚さんはその理想を何倍も超えていい提案をしてくれるんです。それは飯塚さんの経験とセンス。 カーテン、置きたいもの、なんでも相談してしまいました」と奥様。
インダストリアルで無骨な家具に合わせ、床には堅く表情豊かなアカシアを選択。黒いスチール階段が空間を引き締める。
40cm下がったダウンフロアリビングも奥様のこだわり。それは、みんなでくつろぎながら一緒に居られるような場所にしたいという理由からだ。
床を40cm下げることでスリーシーターのソファの存在感は抑えられ、空間にゆとりが生まれている。例えば、子どもたちがリビングで遊んでいても、大人たちはダイニングでゆっくりとお酒を楽しむことができる。
同じ面積でも目線が変わることで程よい距離感が生まれるため、一つの空間の中でそれぞれが映画を見たり、本を読んだり、お酒を飲んだりと、気ままな時間を過ごせるのが特長だ。
リビングの窓辺はベンチのように腰を掛けられるが、友人を招くことが多いAさん夫婦にとって都合がいい。
「設計をする時に、そこでどんな過ごし方をされるかという『絵』を思い描くようにしています。ベンチに座って会話が生まれたり、外のデッキに座りながら庭で遊ぶ子どもたちを眺めたりとか、そういうイメージを膨らませながら空間を考えていきました」(飯塚さん)。
ダイニング横の小空間は、子どもたちの遊び場に
ダイニングの後ろは84cm上がった小空間。
元々はご主人の書斎スペースとして計画をしていたが、現在は子どもたちの遊び場として活用している。「おもちゃを散らかしても見えないのがいいですね。子どもたちも壁に隠れられるのが気に入っていて、シェードカーテンを下ろして遊んでいます」と奥様。
ゲストの宿泊スペースとして使うこともでき、布団は下部収納に格納されている。
洗濯が楽しくなる広々ランドリー
階段を上がった先は吹き抜けで、2階の廊下からリビングを見下ろすことができる。
階段側とリビング側の2カ所に吹き抜けを設けたのは、空気の循環を考えてのこと。窓には高い断熱性能を持つYKKAP社のAPW430(樹脂サッシ+トリプルガラス)を採用しており、冬でも1台のエアコンで家じゅうを快適温度に保つことができる。そのため、空気を循環させて家の中を均一温度にすることが重要となる。
2階の奥にあるのはランドリールーム、脱衣室、浴室。
注目すべきは5.5畳のランドリーで、2本のハンガーバーにはたっぷりと洗濯物を干せる。
「洗濯が終わったらキャスター付きのランドリーワゴンに洗濯物を入れて、物干しまでラクに移動できます。洗濯物が乾いたら作業台の上でたたんで、その下にある収納ケースにしまいます。以前は洗濯物をたたむ作業が苦手だったんですが、今は楽しめるようになりましたね。子どもたちも手伝ってくれるようになりました」と奥様。
スムーズな所作を導く空間は、何気ない家事という行為を心地よいものに感じさせてくれる。
個室は必要最小限の大きさに
水回りと逆サイドには寝室と2つの子ども部屋、そして、寝室と廊下の両方から入れるクローゼットが設けられている。
6畳の寝室と廊下を隔てるのは3枚の引き戸。全開にすれば廊下と一体になるが、それも空気の循環を促すためだという。
現在は3つのベッドを並べて家族4人で川の字になって寝ているが、子どもたちが成長したら、それぞれの部屋へベッドを移していく予定だ。
行き止まりのないウォークスルークローゼットも空気の流れを良くする役割を担っており、行き止まりのない設計がスムーズな移動を叶えてくれる。
子ども部屋は収納を含めて6畳の空間だが、あまり部屋に籠もって欲しくないという理由からコンパクトにまとめている。
夜は間接照明の明かりの下で、おいしいお酒を
お酒を飲む時間が日々の楽しみだというAさんご夫婦。夜は間接照明の光の中でくつろぎながらお酒を飲むのが日課だ。ビールグラスは冷凍庫で冷やし、夏はキンキンに冷えたビールを味わう。
「この家に住んで、お酒がよりおいしく感じるようになりましたね。大人はリラックスして過ごせますし、子どもたちは家の中で縄跳びをしたり走り回ったりして伸び伸びと遊んでいます。アパートに住んでいた時は休みの日になると『どっか行かなきゃ!』という感覚になっていましたが、今はそういうこともありません」(ご主人)。
「ゆとりができたからか、新しいことに挑戦したいと思うようになりました。例えば、今はギターを始めてみたいですね。気密断熱性能がいいからか防音性も高いですし」と奥様。
オームのようなフォルムの住まいは、堅い殻に守られるようにプライバシーがしっかりと保たれ、くつろいだ時間をもたらしてくれる。
快適でストレスなく過ごせる住まいが家族の生活の質を向上させ、充実した人生を紡ぎ出す。
A邸
燕市
延床面積 150.07㎡(45.40坪)
竣工年月 2020年1月
設計 株式会社イイヅカカズキ建築事務所
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写真・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平
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