#029 木毛セメント板とヘリンボーン。巧みなバランス感覚で生まれるラフな心地よさ

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鈴木 亮平

新潟市在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。

桜の名所、大河津分水路近くで新しい生活を

燕市旧分水町五千石。

桜の名所でもある大河津分水路沿いに広がるこの地域には、近年分譲地がつくられ、新しい家が増えつつある。Sさん夫婦もまた、このエリアにある57坪の角地を購入し、2020年6月に完成した新居で新しい生活をスタートした。

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黒いガルバリウム鋼板で覆われた建物は、すっきりとした矩形。車通りの多い東側からセットバックさせ、道路との間にはカーポートと薪棚を設置。北側の道路は窓を少なめにして、プライバシーに配慮した外観デザインにしている。

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正面にはジューンベリーの木が1本植えられており、このシンボルツリーが無機質なガルバリウム鋼板の建物に彩りを添える。

ポーチは建物のコーナー部分を切り欠いたようなデザイン。

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2階の天井まで抜けているため、ここに立つと、実際の大きさ以上の迫力が感じられる。

 

アーキラボのコンセプトハウスとの出会い

Sさんは旧分水町出身で、大河津分水路を挟んだ寺泊出身の奥様と2018年に結婚した。

「僕は次男なので実家を継ぐわけではありません。だからと言って、アパートの家賃を払い続けるのも嫌だなと思っていて、早めに家を建てたいと考えていました」とSさんは話す。

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住宅展示場を見に行ったりもしていたが、規格外のモデルハウスに現実感を見いだせなかったという。

そんな時、仕事で山内組とつながりがあった職場の上司に誘われて、2018年秋に完成したばかりのアーキラボのコンセプトハウス(代表・山内孝明さんの自邸)の見学に訪れた。

家具が好きだったSさんは、家を建てたらバルセロナチェアを置きたいと考えていたが、山内さんの2階のセカンドリビングでバルセロナチェアを見つけた。

そんな共感があり、リアルなスケール感も相まって、アーキラボで家を建てようという気持ちが高まっていった。

 

ロードバイクと薪ストーブが置ける広い土間

2018年の晩秋に、アーキラボの営業・保坂勇仁さんが土地探しのサポートを始め、翌2019年春に現在の土地を提案。いくつか検討していた土地の中で最も条件が良かったことから購入を決めた。

Sさんが新居に求めていたのは、薪ストーブ、ヘリンボーンの床、そして猫と暮らすこと。「妻の実家では猫を6匹も飼っていて、新しい家で猫を飼うのは妻の強い希望だったんです」。

ざっくりとした要望を山内さんに伝えて、あとはお任せすることにしたという。その条件から山内さんが提案したのが、玄関に広い土間空間を設けることだった。

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「Sさんは、薪ストーブを入れたいという要望がありましたし、他にもロードバイクやエアプランツなどの趣味もお持ちでした。そこで、汚れても気にならない土間を広く取る案を考えました」と山内さん。

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玄関ドアを開くと、土間は一直線に空間の奥まで伸びており、手前にはロードバイク、中央にはバーモントキャスティング社の薪ストーブ、奥にはドライフラワーが飾られている。

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その上は大きな吹き抜けになっており、正面の窓に加え、2階の窓越しにも外へと視線が抜けていく。通り側から見ると窓が少ないように見えるが、奥の南側にはしっかりと開口部が設けられており、プライバシーを保ちながら開放感を味わうことができる。

そして、この家における最も特徴的な要素が壁の木毛セメント板だ。

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無骨な表情の木毛セメント板を仕上げに

「Sさん夫婦が猫を飼いたいということで、傷が付きやすいクロスは除外。そこで壁に面材を使いたいと考えたんですが、中でもラフで味わいのある木毛セメント板を提案しました」と山内さん。

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手術後のため、エリザベスカラーを付けてケージで過ごす愛猫のルイくん。

Sさんは「サンプルを見せて頂いたんですが、それが実際に壁全体に張られるとどうなるのかはイメージできなくて…。正直、不安はありましたね」と笑う。結果的に土間や無垢の床との相性が良く、満足のいく空間が完成した。

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木毛セメント板は、細長く削り出した木材をセメントペーストで圧縮成型した建材。1923年の関東大震災で火災による死者数が多かったことから、震災後に耐火性のある下地材が求められるようになり、当時ヨーロッパで使用されていた木毛セメント板が日本でも普及するようになったという。

S邸で使用された木毛セメント板は竹村工業株式会社(長野県松川町)の製品で、材料には国産ヒノキの間伐材が使用されている。耐火性に加え、断熱性、吸音性、調湿性といったさまざまな機能を備えているのも特長だ。シックハウスの原因となる化学物質も含まれていない。

見た目はラフでワイルドだが、環境負荷が少なく、人に優しい建材でもある。

 

ヘリンボーンにモルタル。豊かな質感と統一感があるLDK

土間に面して広がるのは約18畳のLDK。

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床はオークのヘリンボーン。「ニシンの骨」を意味するヘリンボーンは、通常のフローリングよりも材料が細かい分、表情が豊かになる。

天井と建具は明るいシナ合板。天井の中央部を凹ませてそこにダウンライトを並べているが、光源が直接目に入りにくいように一手間掛けたデザインだ。

照明を点けた雰囲気もいいが、自然光によって木毛セメント板の壁につくり出される陰影もまた味わい深い。

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キッチンはクリナップ社のセントロで、ワークトップは黒いセラミック素材。マットな質感がこの空間によく似合う。

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キッチン周りはモルタル仕上げ。

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「土間や木毛セメント板が使われる空間ですので、なるべく仕上げ材に統一感を持たせたいと思い、モルタルを選びました」と山内さん。

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ダイニングテーブルとカウンターまでをキッチンと一体に造り込み、すっきりとしたキッチン周りができ上がった。

ダイニングテーブルのスチール脚に注目すると、下部のスチール部分がフローリングに埋め込まれフラットに仕上げられていた。

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これにより、足がぶつかることもなく、掃除もしやすい。この美しい納まりに、大工さんの技術力と丁寧さが現れている。

ちなみにこちらのキッチンには、冷蔵庫や電子レンジなどの家電や食器棚がない。キッチンのすぐ後ろが3畳のパントリーになっており、そこに家電や食器、食品などをまとめて収納している。

「普段使う時は建具を開けておき、来客時には閉じるようにしています」とSさん。そうすることで、使い勝手を損なうことなくミニマルで美しい空間を保てるという。

キッチンの向かいにはハイカウンターが設けられており、そこには、イギリスのパブで使われていたというアンティークのハイスツールが置かれている。質感のいい素材でシンプルにまとめられた空間は、味わいのある家具がよく映える。

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ディテールの美しさにもこだわる

掃き出し窓がある南側はリビングスペース。

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テレビは壁掛け式で、その下のタモの集成材の板には、CANDLE JUNE氏の鮮やかなキャンドルが並ぶ。

ソファに腰掛け、夫婦で映画やアニメを見たり、ゲームをして過ごすのがSさん夫婦のお気に入りの過ごし方だ。

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カーテンレールが見えないようにシナ合板の天井で隠したり、壁と床の見切りに幅木を使わずアルミのフラットバーを採用するなど、ディテールの美しさもS邸の特徴。

ちなみに1階の天井高は2,250mmとしているが、流通量が多い3×6板(サブロクバン、910mm×1,820mmのサイズの板)を効率よく使える高さとしており、大工手間も材料費も上手に抑えることができている。

 

西日を採り込みたくない西側に水回りを直線配置

建物西側には、パントリーと並ぶようにトイレ、洗面脱衣室、浴室が配されているが、光は高窓から採り入れ、必要以上に開かないようにしている。

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また、洗面台周りなどの水はねがする場所以外は徹底して壁に木毛セメント板を使うことで、トーンを統一している。

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ちなみにトイレの鎌錠受けを木毛セメント板の壁にすっきり埋め込むなど、ここにもディテールへのこだわりが感じられる。

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エアプランツが並ぶ、リビング前のテラス

リビングの掃き出し窓の外にテラスがあるが、こちらにはSさんが数年前から育てているエアプランツが並んでいる。

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「元々植物が好きだったんですが、エアプランツは土が要らないのでアパートに住んでいる時に汚れなくていいなと思い育て始めました。水をあげた後に乾かすことが大事です」とSさん。

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キセログラフィカなどの植物は株分けをしながら増やしているところで、毎晩テラスで水やりをしながら愛でるのがSさんの日課だ。

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2階のホールは落ち着けるラウンジ

スチール階段を上がった2階は、パインの無垢フローリングで、1階とは趣が少し異なる空間。

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主寝室と将来子ども部屋として使える個室、そして、その手前にはラウンジのような空間が配されている。

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ここで好きなものに囲まれ、バルセロナチェアに腰掛けながら、主人公視点で進むガンシューティングゲームFPS(ファースト・パーソン・シューティング)をするのがSさんのお気に入りだ。

スポットライトで照らされた空間は、1日の終わりにゆっくりと自分の時間に浸るのにいい。棚の上にはミッドセンチュリーの名作家具のミニチュアコレクションが並んでいる。

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階段のすぐそばには寝室。

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その奥はウォークインクローゼット。

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クローゼットの一部は、可動棚に板を付けたシンプルなドレッサーで、板は天井や建具と同じシナ合板でそろえられている。

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寝室の窓の外にはテラスがあるが、そこは小屋裏のように斜めに屋根が架かる空間。

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この斜めの屋根が程よくプライバシーを守ってくれる。

 

薪ストーブがある、新しい冬が始まる

この家で特に気に入っている場所は?と質問すると、少し考えた後に「…全部が気に入っているから、ここと答えるのが難しいですね」とSさんは話す。

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この家に住んでから、奥様は特に用事がなければ無理に外出をすることがなくなったという。

「僕は休みの日はどこかへ出掛けたいタイプだったんですが、最近は同じように家に居たいと思うようになってきました(笑)。今後また今年の春のように外出自粛になったとしても、あまりストレスを感じないと思います」。

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10月に入り、薪ストーブに初めて火を入れる日が近付いてきた。「薪ストーブを何年も使っている保坂さんは僕の師匠。薪ストーブの使い方を教えてもらったり、薪の調達などでも保坂さんにお世話になる予定です」とSさん。

「三条市周辺は果樹園が多く、伐採して捨てる木を頂くことができます。それを割ってからしっかり乾燥させて使うのがポイントですね」と保坂さん。

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S邸の延床面積は33坪。特別に広い家ではないが、薪ストーブを中心に据えた仕切りの少ない住まいは開放的で、たくさんの居場所が散りばめられている。

もうすぐ新潟に悪天候が続く寒い冬が訪れる。しかし、Sさん夫婦にとっては、ストーブを中心とした温かな暮らしを味わえる特別な季節になりそうだ。

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S邸
燕市
竣工年月:2020年6月
延床面積:109.08㎡(33.0坪)、1F57.85㎡(17.5坪)、2F51.23坪(15.5坪)
設計施工:ARCHI LABO(アーキラボ) 株式会社山内組

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写真・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平

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鈴木 亮平

新潟市在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。