【考察】なぜ住宅会社は無料で設計してくれるのか?

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鈴木 亮平

新潟市在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。

家づくりをしようと考え住宅会社で話を進めていくと、ヒアリングを元にプランを無料で作ってくれることがあります。

もちろんその場合、プランづくりをしてもらったからといって、必ずその会社で建てなければならないわけではありません。

建て主の立場としては、慎重に家づくりを進めるために、気になるいくつかの会社を訪問して無料で設計をしてもらい、そこから選ぶのが最も合理的に思えます。

しかし、ここに一つ疑問が残ります。

選ばれなかった住宅会社側にとっては、設計に掛けた時間が無駄になってしまうからです。

「掛けた時間=会社側が負担するコスト」ですから、当然そのような失注が続けば会社を継続していくことが難しくなってしまいます。

そのリスクを取って無料設計をする意図は何なのでしょうか?

住宅会社側の本当の声を聞くことは、身近に住宅業界の人がいない限りは難しいものです。

そこで今回、無料設計を行っている住宅会社(ハウスメーカー・工務店・設計事務所)の実務者のみなさまに話を聞いてみました。

 

①工務店代表Aさんのケース

――なぜ無料で設計をするのですか?

設計を行うことは、マッチングを兼ねていると考えているからです。
依頼者は、設計提案を見ることでこちらの設計力を判断できます。
こちらはヒアリングをすることで、依頼者の人となりや本当に求めているものを知ることができます。
設計提案をすることで、「頼んでいいのか?」「請けていいのか?」がお互いにある程度わかります。契約を婚約に例えるとしたら、設計提案はお付き合いみたいなものかもしれません

 

――無料で設計をしたことで起こった苦い経験はありますか?

「契約したいので詳細の見積もりをしてほしい」と依頼をいただき、プランを何回か修正し、2週間以上かけて積算して詳細見積もりを出しましたが、その後、お客様から音沙汰がなくなりました。

しばらくしてから現場を見に行ったら、他社の工事車両がいて工事が始まっていました。完成後に見に行ったら、外から見る限りほとんど当社のプランでした

住宅購入は大きな金額なので、気持ちは理解はできますが、もう少し思いやりがほしかったです。

 

――無料で設計をすることで起こる損失やトラブルを回避するために気を付けていることはありますか?

昔から無料設計はしていますが、ルールはどんどん厳しくせざるを得なくなっており、現在は下記のような流れで進めています。

①完全自由設計で、資格を持った設計士がゼロからプラン(構造まである程度考えます)をつくるため、本来は費用が掛かることをご説明する。

②その上で、初回1回のみ無料で設計提案を行う。

③図面ができても見せるだけでお渡しはしない。当社で進める意思が固まったらお渡しする。その後プランの修正を行い、詳細見積をして契約。

昔はお客様が他社に決めた時は必ず一報を頂けたものですが、時代の流れか、連絡がないまま離れていくお客様は増えているように感じます。AIが設計したのならそれでいいのかもしれませんが、僕らも人間なので悲しい気持ちになりますね…

 

②設計事務所代表Bさんのケース

――なぜ無料で設計をするのですか?

設計事務所は敷居が高いと思われることが多いため、「無料設計」とすることで敷居を下げています。

それに、お客様の立場になって考えれば、設計事務所の過去の実績を見ただけで契約を判断するのはハードルが高いと感じます。

また、無料設計でのやり取りを通して、私がどういう考え方で設計をしているかや、お客様に対して誠意を持って設計を行う姿勢などを伝えられたらと思っています

 

――競合他社がいる場合でも無料設計をしますか?

他社さんで検討中という方が来られることは年に2~3件くらいで、以前よりも減ってきていますが、やると決めていますので基本的には対応します。

ただ、知り合いが競合の場合はやりづらいので、「もしその会社に依頼しないことになったらウチに来てください」と伝えて、なるべく受けないようにしています。

 

――無料で設計をしたことで起こった苦い経験はありますか?

かなり忙しい時期にお客様から設計の依頼があり、その方は他に検討している会社もあったので「提案を提出するまで通常よりも時間を頂きたい」と伝えたのですが、「どうしても」と急ぎのプラン出しを希望されました。

現地へ1時間かけて行き、大雨の中2時間かけて土地を測り、周辺環境を入念に調査。ヒアリングとその調査資料を元にプランを考えました。

プランニングを検討する際には模型やパースも作りますので、トータルで1カ月くらいは他の業務と並行して、その案件にどっぷりとつかる感じです。仕事が密になっていたので、睡眠時間を削って案を練り上げていきました。

何とかお客様の要望時期に間に合わせることができ、自分としても納得のいくプランが提案できたと思っていたんです。

ところが、その後1か月以上連絡がありません。「どうなったかな?」と再度連絡をしてみると、申し訳ないですが他の建築会社と契約が進んでいる、という趣旨の短いメールが来て終わりました。

無料設計と伝えているものですが、その仕事に掛けた時間や労力を考えると、とても残念な気持ちになりました。

 

――無料で設計をすることで起こる損失やトラブルを回避するために気を付けていることはありますか?

これまでは競合他社がいる場合でも無料で設計をしてきましたが、先程話した件もあり、今後は場合によっては断ることを考えていこうと思い始めています。

私が設計する家を気に入ってくださっている方からの紹介の場合は設計をしますが、それ以外のケースでは今後は断るかもしれません。実際、精神的にも体力的にももたないですから…(笑)。

ただ、競合他社がなく、私が設計する家に共感をして下さるお客様の割合の方が圧倒的に高いです。その場合は何の心配もなく全力投球できますね。

それから、私は設計前のヒアリングで色々な人の生活や考え方を聞くのが好きなんです。それを元にイメージを膨らませて、お客様の理想にカチッとはまったものが提案できるとうれしいですし、その後幸せそうに暮らしているのを見るのも楽しみになっています

ですから、今後もハードルは上げずに「無料設計」は基本にしていこうと思っています。

 

③元ハウスメーカー営業Cさんのケース

――なぜ無料で設計をしていたんですか?

私は展示場に来場されたお客様に対しての営業が中心でしたが、ラフプランは無料で提供していました。

分譲地の場合はある程度形状が決まっていて、敷地面積・建ぺい率・容積率を計算すると、建物の大きさや配置も自ずと決まってくるという考えです。そのため、最初のプラン出しにはあまり時間を掛けないようにしていました。

また、自社の強みとして、構造など他社と差別化できるものがありましたから、プラン以外の部分も含めてお客様に選んで頂いていました

 

――無料で設計をすることで起こる損失やトラブルを回避するために気を付けていたことはありますか?

当時上司に言われていたのは、経済性(予算)、嗜好性等からどこまでいっても契約に至らないであろう見込み客の深追いをせず早めに見極める。その上で、可能性の高い見込み客に最注力するということでした

土地の有無、自己資金、年収(勤め先)。この3つを聞くのは大前提で、これらの情報を未確認のまま何度もプランを書いたり時間を費やすと上司に怒られていたように思います。若い頃はついついいい顔してやっちゃうんですよ。

聞きにくい事を、相手に不快な思いをさせずにヒヤリングするのもテクニックがいるのでしょうね。特に扱っていたのが高価格帯の商品でしたので…。

 

④工務店代表Dさんのケース

――無料で設計をしていますか?

はい。ただ、無料で設計提案をするのは最初の1回目だけで、そこから修正をする場合はお金を頂くようにしています。そこに掛かる労力はタダではありませんから、次に契約に繋がったお客様から回収することになってしまうんです

ですから、最初の設計においては労力が掛かるパースは作りませんし、プランもほぼ手描きにしています。

大手ハウスメーカーはCGパースなどをしっかり仕上げてくるかもしれませんが、それは地域工務店の仕事のやり方ではないと思っています。

 

――競合他社がいる場合でも無料設計をしますか?

仲間内の会社が競合の場合はやらないようにしています。

 

――無料で設計をすることで起こる損失やトラブルを回避するために気を付けていることはありますか?

最初の面談でヒアリングをしないということです。まず自社の家づくりの思想をパワーポイントを用いて説明します。

そこでご理解を頂けたら設計に進みますが、その時点でお互いに食い違いを感じたら、そこから先には進まないようにしています。

 

⑤工務店代表Eさんのケース

――なぜ無料で設計をするのですか?

会社さんによってはファーストプランを出す際に設計料を受け取り、契約後に工事費に充当するというケースもありますが、私はそれをするとお客様が逃げられなくなるので無料で設計をしています。

それに、設計時のやり取りというのは、お互いの相性を確認したり、見極めたりするのに必要な時間だと思っています

 

――競合他社がいる場合でも無料設計をしますか?

競合他社がいるケースでも、お客様が当社の家づくりを理解していて、真剣に検討している意思を感じれば設計をします。

 

――無料で設計をすることで起こる損失やトラブルを回避するために気を付けていることはありますか?

あまり当社の家づくりの特徴を理解しておらず、地元で知っているという理由でご相談を頂くケースがあります。しかし、それで家づくりを進めても食い違いが出てくることが多いため、そのようなケースはなるべく受けないようにしています。

 

⑥元設計事務所勤務Fさんのケース

――無料で設計をしたことで起こった苦い経験はありますか?

私たちが制作した図面やCGパースを元にして、他社で建築をされた方がいらっしゃいました。そのことも残念でしたが、その資料で納め方までが分かるわけではないので、結果的にいい家はできなかったようです


まとめ

以上、6名の方に無料設計に関するお話を伺ってみました。

それぞれの立場で無料設計の捉え方は異なりますが、建て主の立場に寄り添った上で、ミスマッチなどによる失注リスクをいかに抑え、良い家づくりをするかを考えているのが共通する部分ではないでしょうか?

また、ファーストプランに掛ける労力や熱量も会社によって異なるものです。自社で持っている既成のプラン集から適したものを選ぶこともあれば、綿密な敷地調査を行った上で何度もブラッシュアップを繰り返して提案するケースもあります。

そして、営業スタッフが営業活動の一環としてプランを提案することもあれば、建て主側から専門性の高い設計者にプラン出しを依頼するケースもあり、そこでの「無料設計」の意味合いも異なります。

無料設計で場合によって手痛い思いをするのは住宅会社側です。その原因の一つとして、依頼者と住宅会社の間に情報や感覚の大きなズレがあるのではないか?と思い、あまり話題になることがない「なぜ住宅会社は無料で設計してくれるのか?」というテーマで記事を作ることにしました。

本件は今後も定期的に取材をしていきたいテーマです。本記事が住宅業界、建て主の双方のお役に立てたら嬉しく思います。

「無料設計」の背景に想像を巡らせることで、私たち建て主は住宅会社のみなさんとより良いパートナーシップを育みながら、家づくりを進められるのではないでしょうか?

 

補足;

最後に、これは生活者向けではなく、住宅業界関係者向けの情報になりますが、公共事業・民間事業の両方で設計業務を行う建築士の方から、戸建住宅設計に掛かる報酬基準が国交省告示にて示されているというご説明を頂きましたので、以下に記します。

「民間の住宅について国交省告示(告示98号)にて下記の設計監理費用の報酬基準・標準業務が示されている。

『戸建住宅(詳細設計及び構造計算を必要とするもの)』
『戸建住宅(詳細設計を必要とするもの)』
『その他の戸建住宅』

ここに示された基準はあくまでも「標準」であるため、必ずしもこれに適合する必要はないが、一般的な住宅設計の場合、この基準(報酬、業務量) に合っていない可能性が高い。

公共建築では設計監理費算出のため上記の基準を確実に理解しておく必要があるが、住宅の場合は設計者に同基準の理解が浸透していないのが現状と考えられる。実際には、独自の経験則のみにより算出しているのが現状であろう。

また、住宅設計の場合、純粋に設計監理のみを行う設計事務所ではなく、工事を同時に行う施工会社やハウスメーカーが設計監理を担う場合があることもその要因の一つと言えるかもしれない。

それゆえ設計者自身が『適正な』設計監理費用を算出できていないところに難しさがあるのではないか。」

無料設計の背景として興味深い視点を教えて頂きましたので、最後に記載させて頂きました。

 

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鈴木 亮平

新潟市在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。