【インタビュー】新築戸建てだけではない、地方での新しい住まい方を提案するオブデザイン・髙井和喜さん

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鈴木 亮平

新潟県聖籠町在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。

新潟駅南口から徒歩6分の利便性の高い場所にある築36年のヴィンテージマンション。

その7階にある眺望のいい一室を購入し、リノベーションをして自宅兼事務所として活用している一級建築士事務所オブデザインの髙井和喜さん。

2011年に独立し、一級建築士として県外の住宅の設計を手掛けることも多いという髙井さんですが、WEBサイトには大胆かつ繊細なデザインが施された施工事例が並びます。

どんな思いを持って建築に携わっているのかインタビューさせて頂きました。

 

一級建築士事務所オブデザイン
髙井和喜さん

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1977年生まれ。三条市出身。大学では商学部に在籍し、卒業後に建築の道に進む。東京都内の設計事務所、長岡市の設計事務所を経て2011年に独立。

 

商学部を卒業後、専門学校を経て、コーポラティブハウスの設計、戸建て住宅の設計の経験を積む

鈴木:建築学部出身ではなく、商学部出身で一級建築士という珍しい経歴ですが、どのようにして現在に至っているのでしょうか?

髙井:大学を卒業後、新卒で広告代理店に就職したんですが、その仕事が当時自分には合わないと感じて1年くらいで辞めたんです。

ただ、その時点で建築の仕事をしようと強く思っていたわけではなく、これから何をしようか?と考えた時に、昔からデザインが好きだったのでそっちの道に進もうと思いました。

その中でも漠然と家具やインテリアの世界に行こうと思い、まずは店舗の設計施工をやっている会社で丁稚奉公のような働き方を始めました。そこで資格等が必要になることが分かり、次に専門学校でインテリアや建築を学び始めたんです。

その学校の先生たちは、それぞれがデザイン事務所をやっている方で、実践的な内容を学ぶことができました。

あとは、設計事務所に模型製作のバイトに行ったり、都内にある有名な建築家の建物を見に行ったり、建築を学んでいる大学生と交流をするようになり、徐々に建築の世界への興味が深まっていったんです。

鈴木:専門学校に入った時も最初から建築を強く志していたわけではなかったんですね。

髙井:そうですね。最初は漠然としていましたが、学びながら建築の面白さを知っていったんです。

卒業後は、紹介もあって都内でコーポラティブハウスの設計をやっている設計事務所に入りました。コーポラティブハウスは分譲の集合住宅ですが、建てる前に入居者を募集してそれぞれの住戸の設計も一つ一つやっていくタイプのものです。

その会社では管理組合をつくるなどの運営部分からやっていました。10世帯くらいの低層の集合住宅を建てることが多いんですが、自分は意匠設計や現場監理を担当していました。

鈴木:スケルトンインフィル(※集合住宅の外枠[スケルトン]と、各住戸の内部[インフィル]を分けることで、自由な空間をつくれる仕組み)の考え方になるのでしょうか?

髙井:そうですね。それぞれの住戸のデザインは自由なので、そこで階段もつくるし、スイッチやドアノブなどの細部まで選びながら空間を造り込んでいました。この仕事の経験は今に繋がっていますね。この会社で4年間働いて、29歳の時に新潟に帰ってきました。

鈴木:新潟に帰ってきたきっかけは何でしたか?

髙井:その会社ではRC造の設計が多かったのですが、木造住宅などの他のこともやってみたいと思うようになっていたのが理由ですね。あとは、いずれは新潟に戻ろうと思っていたんですが、年齢的にこれ以上東京にいると帰るタイミングを見つけられなくなりそうだと思ったのもありました。

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それで、実家の三条市に戻り長岡市の設計事務所で働き始めました。ここにも4年間いたんですが、木造2階建ての住宅を中心に、あとは特別養護老人ホームや店舗の設計などもやっていましたね。

それまであまり経験をしてこなかった木造軸組の知識が身に付きました。その後、一級建築士資格を取得するタイミングと、同級生から新築の依頼を受けたタイミングが重なり、その時に独立をしました。

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「Air Flap」(三条市、2011年)。髙井さんが独立後最初に手掛けた住宅。(写真提供:オブデザイン)
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「N-Flame」(千葉県四街道市、2012年)(写真提供:オブデザイン)
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「T House」(山形市、2013年)。築100年超の納屋のリノベーション。(写真提供:オブデザイン)

 

「空間を編集する」という考え方

鈴木:髙井さんが建築で大事にしている考え方を教えていただけますか?

髙井:まずは構造や断熱といった性能を高めるということですよね。あとは、空間をしっかり造りたいと考えています。平面的な間取りももちろん大事なんですけど、高さですよね。

今月完成した東区山木戸のアパート「GELANDE(ゲレンデ)」は2階に上がると大きいように感じますが、階高は抑えています。空間のボリュームが抜けっぱなしでもいやだし、フラット過ぎてもいやだしと考えていて。

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「GELANDE」(2019年)(写真提供:オブデザイン)
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「GELANDE」の2階には高天井の空間が広がっている。(写真提供:オブデザイン)
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「GELANDE」の2階。(写真提供:オブデザイン)

機能面では平面をしっかり考える必要があるんですけど、そこに入った時に体感できる空間の魅力は、天井や床の高さ、開口の取り方によって変わるものです。「空間を編集する」という考え方を大事にしていますね。

今回の「GELANDE」はガレージハウスなので、どうしても要らない空間が出てきます。それに合わせて2階の床の高さを変えたり、2階にロフトを設けたりしています。

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「GELANDE」の2階のロフトスペース。(写真提供:オブデザイン)

鈴木:あのロフトの空間すごくいいですよね。寝るのにちょうどいい籠もり感があります。

髙井:ロフトの奥がベンチみたいになっていて、そこに座ると壁がちょうどいい高さの肘掛けになったりもします。これは意図したものではありませんが、立体的に考えていくと想定していなかった空間ができることがあり、それも空間を編集する面白さですね。

鈴木:北側の大きな窓からの光もいいですよね。

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「GELANDE」の2階の北側窓から注ぐ光。(写真提供:オブデザイン)

髙井:北側の光って、直射日光じゃないので安定しているんです。わりと大きい窓にして光の壁みたいにすると、空間が豊かになると考えています。

入隅(壁と壁が内向きに入り合ってできる角の部分)に開口部があると、壁に当たって反射した光も採り入れられるので、そういう窓の取り方を意識してやることが多いですね。

 

画一的な賃貸住宅ではなく、愛着を持って住んでもらえる賃貸住宅を増やしたい

鈴木:ところで、「GELANDE」は企画やオーナー探しからご自分で進めたそうですが、そのあたりのお話を聞かせて頂けますか?

髙井:東京ではコーポラティブハウスの設計をしていて、新潟に帰ってきてからは戸建て住宅の設計が中心になったんですが、新潟でも集合住宅をやってみたいと思っていたんです。新潟でコーポラティブハウスは難しいですけど、賃貸住宅なら需要がありそうだと思って。

画一化された賃貸をつくるんじゃなくて、注文住宅のようにその土地を読み取って設計をしたいと思っていました。

「その建物が好きだから」という理由で長く住んでもらえたら、オーナーさんにとってもメリットがあると思うんです。それに、賃貸は古くなったら賃料が下がるのが一般的ですが、古くなっても価値を維持できるようにしたいですし。

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「GELANDE」はガレージ付きの賃貸住宅。(写真提供:オブデザイン)

今回はオーナーさんと話して車が好きな人向けのガレージハウスにしましたが、例えばフリーランスの人が自宅で仕事ができるSOHO(小さな事務所付きの小住宅)みたいなものもいいなと思っています。フリーランスは今後も増えていくでしょうし。

鈴木:私もフリーランスになるタイミングで引っ越しをしましたが、新潟市内でも仕事部屋が確保できる間取りの賃貸って意外と少なかったです。働き方の選択肢が広がってきていますし、SOHOは増えていってほしいですね。

ところで「GELANDE」は、各住戸の前にイスのオブジェがありましたが、どのような意図で作られたんですか?

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「GELANDE」外観。各住戸の前にはイスのオブジェが。(写真提供:オブデザイン)

髙井:元々は木を植えてライトアップして景観を良くすることで地域に貢献するようなアパートにしたいと思ったんですけど、管理が大変になるだろうということでそれをやめて、その代わりにオブジェを置くことにしたんです。

イスのようなデザインにすることで、街中で腰を下ろすことをイメージさせる暗喩のような表現にしています。アートを見る感覚で楽しんでもらえたらいいなと思っていますし、アパートと町との関りを持たせたいという意図もあります。

鈴木:なるほど…。ストリートファニチャーで町と関わり合いを持たせるというのが面白いです。入居する方も植物を置いたり、いい使い方をしたくなりそうですね。

 

駅近の中古マンションのポテンシャルを引き出す

鈴木:では最後に、リノベーション工事を行い、年明けに移ってきたというこの部屋について教えていただけますか?

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髙井:これから僕が新しく力を入れたいことが2つあって、1つは先ほど話した賃貸住宅、もう1つがマンションリノベーションです。マンションリノベーションについては、自分がこの物件と出会ってリノベーションをしていく中で考えるようになりました。

ここは新潟駅が徒歩圏内で都市生活ができて、7階なので眺めもすごくいいんです。天気がいい日は飯豊連峰がきれいに見えます。それなのに、築36年の物件ということで価格はめちゃくちゃ安い

スケルトン状態まで解体してからつくっているので、戸建てをつくるような自由さもあります。それでいて、物件購入とリノベーション工事にかかる費用を合計しても2,000万円もいかないんですよ。

それに、新潟駅周辺のマンションなら、自分が住まなくなった場合には賃貸にしても借り手が見つかります

戸建てには戸建ての魅力がありますが、もっと身軽でいたい人もいます。自分もずっとここに事務所兼自宅を構え続けようとは思っていないので、別な場所に移るときは賃貸にしようと考えています。

鈴木:マンションは利便性がいい場所なら売却もしやすいでしょうし、戸建てよりも流動性が高いのがメリットですよね。この部屋の設計意図について教えていただけますか?

髙井:この部屋は間仕切りをせずにワンルームにしています。

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事務所であり自宅でもありますが、寝る場所がこの部屋の真ん中にある2.2m×2.2mのハコの中なんです。完全に仕切ってはいませんが、高さ180cmの壁で囲っているので布団が見えないようになっています。

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キッチン、サニタリー、浴室が一直線に並ぶ。右に見える四角い箱の上部がベッドで、下部がクローゼットになっている。

床は幅広のオーク材を無塗装で使っています。壁は外と接しているベランダ側と通路側、天井の一部に付加断熱をして、それ以外の場所はコンクリートむき出しにしていますね。

キッチンは大工工事で作れる造作にして、天板はモールテックスというベルギー製の左官仕上げ。このやり方だとコストを抑えながら自由な形のキッチンがつくれるんですよ。

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コンクリートの一部は白いペンキで塗装していますが、そこはDIYで仕上げています。

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あと、今度デスク側の壁に鉄の棚が付く予定です。

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今後マンションリノベーションの実例として、色んな人に見てもらいたいと思っています。

鈴木:木造住宅でこれだけの大スパンのワンルームは難しいので、この広さを出せるのもRCのマンションのメリットですよね。隣室と接している壁はコンクリートむき出しにされてますが、断熱が必要な壁はしっかり断熱をするなどの機能面や快適性も考慮されているんですね。

働き方や住まい方、住宅の考え方など、空間のデザイン以外のこともすごく参考になります。

 

社会人になってから建築の道を志し、東京・新潟の設計事務所で幅広い経験を積んだ髙井さん。新しい賃貸住宅の提案や、中古マンション×リノベーションで住まいを柔軟に捉える考え方など、ユニークな挑戦をスタートしています。

価値観や働き方、暮らし方が多様化し、それに伴って今後住まいの在り方も多様化していくと考えられます。

建築士として、暮らし方に新たなバリエーションをつくり出そうとしている髙井さんの今後のプロジェクトにも注目です。

 

取材協力/一級建築士事務所オブデザイン 代表・髙井和喜さん

写真・文/鈴木亮平

 

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鈴木 亮平

新潟県聖籠町在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。