鈴木 亮平
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エスネルデザインが設計し、宮﨑建築株式会社が施工した住まいが、この秋、新潟市秋葉区に完成しました。
高い基礎に、杉板で覆われた外観が特徴的ですが、その板材には新潟県産の杉が使われています。
こちらの住まいは、新潟県木材組合連合会主催の「木づかい建築コンペ2020」にもエントリー。
これまで新潟県産杉に特別に注目をしてこなかった2社が、なぜ今県産杉を使った家づくりを始めたのか?その理由を伺いました。
「板張りの外壁は腐りやすい」という誤解
鈴木 今回完成した住まいは、県産杉を積極的に内外装に使っているのが特徴です。なぜ県産杉の活用を進めて行こうと考えたのですか?
村松 まず、県産に限らずですが、外壁に杉を使う理由から話しますね。
以前から僕は外壁に杉板を使う家づくりを行ってきたんですが、一番の理由はトータルコストを抑えられるということです。シルバーグレーに色が変化していくことを受け入れられれば塗り直しは不要。材料自体もそれ程高価ではありませんし、交換する際の廃棄処分費も高くありません。
逆に、タイル外壁は材料費が高く交換費用も高めになりますし、窯業系サイディングであれば10年おきに塗り直しの費用が掛かります。
杉材は山に杉がある限りいつまでも同じ材料を入手できるのもメリットですね。
あと、僕は20代の頃に世界一周の旅をしたんですが、帰国して柏崎に帰って来た時に、地元の杉板張りの街並みが本当に美しいなと感じたんです。その整った風景は、フィレンツェの旧市街を見た時の感動に近いものがありました。
そして、その日本古来の風景を未来に繋いでいきたいと思うようになりました。
それが、僕が外壁に杉板を使う理由です。
あと、最近は外壁にサイディングが使われることが増えており、大工さんが板を張る機会が減っているのではないかと思っています。使い続けることで板張りの技術が継承されていくと良いなとも考えています。
宮﨑 たしかに、板張りは昔からある技術ですが、もっと見直されるべきだと思います。
「木なんて腐るだろう」という間違った認識が一般の人の間だけでなく、意外にも大工の間でも持たれていますから。もちろん使い方を間違えれば腐りますが、それは、使っていないから分からなくなっているとも言えます。
村松 雨がよくあたる部分が腐りやすいので、軒がない家で板張りにするのは推奨していません。
鈴木 さっき村松さんが、「地元の杉板張りの街並みが本当に美しいと思った」と話していましたが、宮﨑さんも同じように感じますか?
宮﨑 そうですね。うちの近辺(阿賀野市下一分)も杉板張りの家は多いですし。でも外壁の張り替えの相談を受けると、「外壁に木を使わないで欲しい!」と言われたりするんですよ。これまで何十年も張り変えずに杉板を使ってきたのに「木は腐るから嫌だ」と言われます(笑)。
自分はタイル調などの窯業系サイディングの質感が苦手なので、基本的に木か金属をお薦めしています。
無垢材を扱えない大工さんも増えている?
鈴木 内装についてはどうでしょうか?
村松 内装は既製品を組み合わせていく造りの家が増えていますが、やはり木を使った造作家具を増やせれば大工の技術が継承できるのではと思います。
宮﨑 そうですね。木は種類によって扱い方が変わりますから、床にしても造作にしても、木の性質を知っている必要があります。それに、木を使わずに既製品を組み合わせるのは、大工としてはあまり達成感がないですよね。
ただ、最近は無垢材の扱い方を知らない大工さんも増えているように思います。
鈴木 宮﨑さんはそれについて危機感のようなものはありますか?
宮﨑 僕は業界をどうこうしたいという考えはないんですが、自分はそういう既製品をはめていくだけの家づくりはやりたいとは思いません。
鈴木 本来の大工技術ではないような気がしますよね…。技を磨いてきた宮﨑さんの力が発揮できないような(笑)。
宮﨑 既製品の棚などは簡単に組み立てられるように説明書が付いているんですが、僕の場合は慣れてないので木でつくるよりも説明書を読み込むのに苦労します(笑)。
県産杉を選ぶ理由とは?
鈴木 お二人の木への思いがよく分かりました。では、ただの木ではなく県産材を選ぶ理由について教えて頂けますか?
村松 これまで僕は県産杉にはこだわってはいなかったんです。県産杉の質がいいかどうかも何とも言えなかったりするなと思っていたのもあり…。
でも、今年に入って、住学(※すがく。2018年に発足した、新潟県内の工務店や設計事務所を始めとした住宅関係者が集まるコミュニティ。2020年からは村松さんが『校長』を務めている)の中で宮﨑さんが中心となって活動する「県産材振興部」という部が立ち上がり、その中で「県産杉の活用をみんなで考えてみよう」という動きが起こりました。
そこで、自分の中で「使ってみようかな」という気持ちが芽生えてきたんです。
鈴木 これまで使っていた外壁の杉板は県産ではなかったんですね?
村松 特に指定はしていなかったんですが、秋田県などの流通量が多い産地の杉を使っていましたね。
鈴木 なるほど…。では、なぜあえて流通量が多く品質がいいことも分かっている秋田産ではなくて、新潟県産の杉を使うんですか?
村松 理由の一つは気候変動ですね。特に大雨による土砂崩れなど、ここ1、2年の間に、本格的に地球環境のこと、地域の山のことを考えなければいけないなと思うようになりました。自分も山の近くに住んでいるので怖いなと思って。
具体的には、「地域の山の木を使う=適切なタイミングで木を伐採するサイクルを続ける」ことで里山を健全な状態に保ち、地滑りなどの土砂災害のリスクを抑えたいと思っています。
また、地域材を使うことは輸送エネルギーの低減にもつながります。
家を建てる際の環境負荷をできるだけ抑えたいと考えています。
「地球環境のために地元の木を使う」という考えはあまり一般的ではないと思いますが、設計士や建築会社から発信して広げていくべき価値観だと思っています。
この家は、僕たちから建て主さんに提案をして県産杉を採用頂くことになりました。
快諾してくださった建て主様に感謝です。
もちろん、住宅一棟の内外装に県産杉を使うことが、直接地球環境の改善に大きな効果をもたらすわけではありません。
ですが、家の内外装に県産杉を使うことで、ご家族が自然と地域の山について考えるようになり、ひいては世の中の環境保全に対する意識を高めていく一助になるのではないかと考えています。
県産材振興部を立ち上げ、みんなで学ぶ
鈴木 地元の木を使った家づくりは、小さな経済圏でお金が回る点も特徴ですよね。ちなみに今話に出た「県産材振興部」が始まった経緯などを、部長を務めている宮﨑さんに教えて頂けますか?
宮﨑 元々は僕が修業時代にお世話になった重川材木店の重川社長に、県が行っている県産材振興の意見交換会にお誘い頂いたのが県産材振興部発足のきっかけでした。
今年の6月のことですが、その時に重川社長から「新潟は川のおかげで栄えてきた地域であり、その川を維持するためには山を守らなければいけない」という趣旨の話を聞き、僕自身も改めて県産材について考えるようになりました。
それで、住学の中に「県産材振興部」をつくり、産地を見に行ったり、意見交換をしたりして、みんなで学んでいこうという話になったんです。できれば地域資源である新潟の木を使った家づくりをしていきたいと考えている人が多いんだなと思いました。
鈴木 県産材振興部の具体的な目標などはありますか?
宮﨑 正直、明確な目標を定めて活動をしているわけではないんですよ。むしろ、県産材振興部の活動を通して自分も森や県産材の勉強をさせてもらいたいと思っています。何のために県産材を使うのか?をみんなと一緒に考えていきたいですね。
逆に言うと、今の自分には、「県産材をこうやって活用していくべき!」という強い考え方はまだないんです。
村松 県産材の活用については、防災・環境・建築・経済・生態系など、さまざまな視点で考える必要がありますが、全てがうまくいくように考えるのは難しいと思っていました。
そんな時に、意見交換会に参加したサトウ工務店の佐藤さんが、「深く考えずにとりあえず何かやってみようよ」と提案されて、それで背中を押された気持ちになりました。
製材所の協力で、仕上げ材としての活用の道が開く
鈴木 宮﨑さんは県産杉は以前から使っていましたか?
宮﨑 県産杉を使うのは「いいな」とは思っていたので、補助金があった時期は構造材に使っていました。でも補助金が終わってからはあまり使わなくなっていましたね…。
でも今回、この家のように外壁材や内装材として使うこともできるんだ、という当たり前のことに改めて気づきました。県産杉は構造材じゃなくても使えるんだな…と。なんとなく「県産杉は構造材に使うもの」というイメージがあったもので。
村松 製材所さんとしては、棚板や外壁用の板よりは、大きな構造材に使ってほしいという思いがあるからですよね。
宮﨑 そうですね。でも、構造材にせっかく杉を使っても壁や天井で隠れてしまうことも多いんです。それでいて、実際に目に見えて触れられる場所は既製品の建具や複合フローリングになっていたりすると、住む人が杉の木を感じることができないんですよね。
「この家の構造材は県産杉でつくっているんですよ」と言われても、実際に住んでいるご家族はなかなか実感することができません。
鈴木 たしかにそうですよね。そうすると、この家のように外壁全面に杉板を使うというのはすごく実感しやすいですね。
宮﨑 そうなんです。それで、普段お付き合いがある山北の製材所さんに、外壁用の杉板を供給してもらえるか相談をしてみたら、「出せる」という返事を頂きました。実際に用意して頂いた材料の品質もしっかりしたものでした。
こちらから具体的な要望を出してみると答えてくださる製材所さんもいらっしゃるので、 まずは自分たちから働きかけていくことが大切だなと思いました。それも今回新しい発見 でしたね。
造作家具は、海外産の松をやめ、新潟県産の杉を採用
鈴木 今回、県産杉を最も多く使っているのが外壁ですが、下見板張りと縦ルーバーを組み合わせているのが特徴的ですね。
村松 はい、ポーチ周りを目隠しのためにルーバーにしているんですが、これと同じように壁の一部にもルーバーを使いました。
また、基礎を高くすることで地表で跳ね返る雨水が壁に付くのを抑え、木が腐らないよう配慮しています。
鈴木 内装においては、県産杉をどのように使っていますか?
村松 造作の棚などに使っています。元々は東南アジア産や南米産の松の集成材を使う予定でした。それが価格も安く一般的なものだからです。途中でそれを全て県産杉の集成材に変更をしました。
2階のロフトも、お子さんが触れる場所なので柔らかく質感のいい杉にしています。なるべく無骨にならないように、下の収納スペースも使いやすいように納め方も検討しました。
鈴木 海外産の松を県産の杉に変えたことで材料費は変わりましたか?
村松 少しコストアップになりましたが、建て主様には共感を頂き選んでもらうことができました。
鈴木 県産杉を使うことのメリットやデメリットが気になりますが、そのあたりはどうでしょうか?
村松 デメリットとしては、海外産の松よりもコストが上がってしまうこと。そして、杉材は柔らかくて傷が付きやすいのもデメリットです。
メリットは風合いでしょうか。これは好みになりますが。あとは地元産の杉を使うことの社会的な意義や満足感があると思います。
宮﨑 僕も村松さんが話していたことと同じですね。あと、杉は油分があり、無塗装で使うことができるのもメリットですね。
さらにもう一つメリットを加えるなら、その軽さです。持ち上げた時「あれっ?」と思うくらい他の針葉樹と比べても杉は軽いですね。これは施主さんにとってのメリットではないですが。材料の運搬時の負担が軽減されることで、大工の労働環境が改善されます(笑)。
これまで県産杉に対して特別に意識をしてこなかったという村松さんと宮﨑さんですが、地域の環境保全という点に価値を見出し、県産杉を採り入れた家づくりに挑戦をしました。
ただし、闇雲に使うのではなく、どこに活用するべきか?を慎重に考えている点が特徴です。
近年、全国の中山間地域でクマやイノシシ、サルなどによる獣害が深刻さを増していますが、地元の木を活用して里山の荒廃を防ぐことは、改めて野生動物と人間が適切な住み分けをしていくための一手にもなるかもしれません。
地元産の木を使って家をつくること。それが社会にどのようなプラスの影響を与えるのか?一緒に考えてみたくなるテーマではないでしょうか?
取材協力/住宅設計エスネルデザイン・村松悠一さん、宮﨑建築株式会社・宮﨑直也さん
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写真・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平
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