【インタビュー】異なるスキルを持つ個人が結集。上古町の複合施設『SAN』建築プロジェクトチーム。

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鈴木 亮平

新潟市在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。

2021年12月、新潟市中央区古町通3番町にオープンした複合施設『SAN』。こちらは1922年に建てられた長屋で、今年で築100年を迎えます。

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SANを運営しているのは、同じ古町通3番町に店を構えるヒッコリースリートラベラーズ。

「まちを体験する小さな複合施設」というコンセプトの元、中には花屋、カフェ、レンタルスペース、セントラルキッチン、デザイン事務所、編集室が入っており、さまざまな人が交わる場を目指しています。

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プロジェクトオーナーであるヒッコリースリートラベラーズの代表・迫一成さんと共に空間のデザインや設計に携わったのが、株式会社新潟家守舎の小林紘大さん、建築家の大沢雄城さん、IDEKOの小出真吾さんです。

コーディネート、設計、デザインという立場で建築関係の仕事を行っているお三方に今回の建築プロジェクトを解説して頂きました。

 

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株式会社新潟家守舎 代表 小林紘大さん

1987年8月生まれ、新潟市出身。新潟大学工学部建設学科卒。新潟市内の工務店で住宅の設計・施工・営業・広報を約10年間経験。2019年に独立しコウダイ企画室、翌2020年に株式会社新潟家守舎設立。新潟県内各地で遊休不動産の活用や、設計事務所・工務店の支援を行っている。大切にしているのは「楽しいコトは自分でつくる」。

 

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大沢雄城企画設計事務所 大沢雄城さん

1989年9月生まれ、新潟市出身。横浜国立大学建築学科卒。卒業後、オンデザインパートナーズ(横浜市)に入社。2021年春に新潟に拠点を設け、横浜と新潟の2拠点で活動を行っている。新潟市中央区西大畑町にある自宅兼事務所は、築40年超の空き家をリノベーションしたもの。横浜ではまちづくりを中心とした設計を、今後新潟では古い建物を活用するリノベーションに力を入れていく予定。

 

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IDEKO 小出真吾さん

1986年1月生まれ、新潟市出身。新潟大学工学部建設学科卒業後、同大学院修士課程修了。ヒッコリースリートラベラーズ(合同会社アレコレ)に入社し、2015年に独立。現在は新潟市中央区上所を拠点に、展覧会やイベントの空間デザイン・施工、舞台美術の制作、店舗の什器制作などを行う。デザインだけでなく施工まで一貫して請け負えることが強み。

 

――どのようにしてSANのリノベーションプロジェクトが動き出したのでしょうか?

小林紘大さん(以下小林さん) 以前はフーデリックという飲食店が入っていた建物ですが、ヒッコリーの迫さんが、ここに小さな複合施設をつくるプロジェクトを立ち上げたんです。

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共通の知人のコミュニティマネージャーの方が、「そのようなリノベーションであれば、小林さんや大沢さんに相談してみては?」と迫さんに話したのがきっかけで、お声掛けを頂きました。

それで、僕と大沢さんで、どんな思いを持ってどんな場所をつくろうとしているかを迫さんに伺い、提案をさせて頂くところからスタートしました。

大沢雄城さん(以下大沢さん) ちなみに、その声が掛かる前の2021年春に、僕の家のリノベーションをしていたんですが、その時もこの3人でやっていたんですよ。その実績をコミュニティマネージャーの方にも見て頂いたことが、今回のプロジェクトにつながっています。

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小林さん そうですね。大沢さんの自宅のリノベーションの時は、僕が工務店を手配したり、見積もりのチェックなど間に入ったりして、仕事がスムーズに進むように動いていました。

小出真吾さん(以下小出さん) 僕はそこで家具制作や内部の造作などを担当していたんです。2階の造作は僕と大沢君の二人で作っていましたね。

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大沢さん 僕は横浜ではまちづくりをメインに仕事をやってきたんです。それもあり、全て自分だけで完結させてこだわって設計するというよりは、「誰とやるか?」の方が重要であり関心があります。その実践が自宅のリノベーションだったんですが、今回のSANも同じような考え方で取り組みました。

 

――では次に、3人がそれぞれどのような役割を担っていたの教えて頂けますか?小林さんからお願いします。

小林さん 僕は全体のマネジメントを担当していました。あとは補助金の利用があったのでそれを取りまとめたり、このメンバー以外への発注をしたりですね。工務店のサポートもしていました。

それから、裏の建物を解体する時に市の駐輪場を使う必要があったのですが、その許可を取るための行政への申請も僕の方で行っていました。その手続きはけっこう大変でしたね。

工務店のメンバーとLINEグループを作って進捗状況を共有したり、設計チーム内ではスラッグを使って情報共有をしたり、スムーズに仕事が進められるような手筈も整えていました。

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大沢さん 僕らは通常は設計事務所と工務店という関係性で仕事をすることが多いんですけど、かゆいところに手が届かないことってけっこう多いんです。現場でコミュニケーションの齟齬が起こるとか、今話に出た「行政への申請を誰がやるのか?」とか。

紘大さんは間に入ってそういうところをやってくれるので、メンバーそれぞれが自分の仕事に集中することができました。すごくありがたかったですね。

 

――大沢さんはどんな役割でしたか?

大沢さん 僕は今回、基本的には設計の部分を担当していましたが、ヒッコリーさんからは「ここを街のスタート地点にしたい」という話がありましたので、これまで自分がまちづくりに携わってきた経験を活かして企画部分から入らせて頂きました。

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設計の大きなポイントは、入口からまっすぐ奥へと伸びている「ストリート」と呼んでいる空間です。

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そもそもウナギの寝床のような奥に長い建物なので、どうしても建物の手前にあるプログラムが建物の顔になり、手前にしか人が来ないということになりがちです。

そこで、手前の花屋さんの横に通路状のスペース「ストリート」を設けて、まちからつながるパブリックスペースのような空間から、奥へと人が入りやすいように計画をしました。床のタイルを上古町商店街の歩道のデザインと合わせているのもそのためです。

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ストリートは幅を取っているので、そこに商品を並べることもできます。上古町商店街は歩道にベンチや看板などがにじみ出ているのが魅力で、その雰囲気も取り入れています。

あとは、空間の全てに手を入れるフルリノベーションではなく、元の建物のいい部分を再活用することも心掛けました。元の部分と、新しくつくった部分との融合がうまくいくように気を付けています。

手を加える部分にメリハリをつけることで、コスト面でのメリットも生まれています。

例えばカウンターの後ろの壁のタイルや棚は元のままですが、奥の左官壁は新しくつくったものです。

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フーデリックで親しまれたカウンターも、つくり直さずにあえて残しています。

リノベーション全般に言えることではありますが、苦労したのは、想定外のことが解体時に分かることですね。解体しながらチューニングし直し、どうフィニッシュさせるのか?を考えるのはそれなりにハードな作業でした。

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――小出さんはどんな仕事をしていましたか?

小出さん 僕の役割は、テーブルなどの家具や、陳列で使う棚などの制作ですね。あとは、内装の造り込みだったり、SANのメンバーがDIYで塗装をする時にやり方をレクチャーしたりとか。

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ストリートの部分に置かれている棚は、古い棚を半分くらいばらして、商品を陳列しやすいように斜めの棚板を追加したり、リメイクもしています。

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最初の設計の段階では計画していなかったものでも、途中で必要性を感じたものは、大沢君や迫さんと話しながら時間の限り作っていきました。

大沢さん 棚などは大工さんによる造作でもつくれますが、リノベーションした空間の中であまりきれいにつくると浮いてしまいます。小出さんが手を動かしながらその場でチューニングをしていくことで、「古いものを大事にする」というヒッコリーさんの考え方に合う棚ができ上がるんです。

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小出さん 目の前にあるものをどう組み合わせて形をつくっていくか?とか、ちょっとしたことなんですけど、それをずっと考えて積み重ねながらものをつくっています。

あと、この三角形のテーブルは元々大沢君が上古町のマークにもなっている三ツ矢形から着想を得て考えたデザインで、それをどう作るか?というのを僕の方で考えました。

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折り畳みできて、使用時には金具でしっかり固定できる仕組みにしています。

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大沢さん このSANという場所がギャラリーになったりポップアップショップになったり、パーティーをする場所になったり、フレキシブルに使うことが想定されていました。それで、折り畳めたり、組み合わせて大きくしたりできるようにしたんです。

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家具屋さんがつくるようなきれい過ぎるものでもなく、ざっくりとしたDIY家具でもないバランスを大事にして小出さんに作ってもらいました。ハードに使っても大丈夫なように、天板はメラミン化粧板で仕上げています。

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小出さん DIYで作れそうだけど作れない家具です。このテーブル制作が今回の仕事で最も時間を掛けた部分でもあります。数も20個くらいありましたから(笑)。

 

――個人が集まってチームとしてこのようなプロジェクトを行うのは珍しいケースだと思います。一緒に仕事をしてみて感じた、メンバーの印象を教えてもらえますか。

小林さん まず大沢さんですが、仕事が速いんですよ。空間をすぐに図面化する能力はもちろん、コンセプトをダイアグラムやテキストにして共有していく力もすごいです。

安心して一貫した仕事をお願いできましたし、僕も勉強になりましたね。現場にも毎日のように来て頂いたのでスムーズに仕事が進められました。

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小出さんは同じ新潟大学の2年上の先輩で、卒業後の活躍も聞いていました。今回仕事を一緒にするのは初めてでしたが、デザイン視点と職人気質の両方を兼ね備えている方で、その仕事ぶりを近くで見られたことは僕にとっていい経験になりました。

小出さんはヒッコリーさんで働いていたこともあり、小出さんが居たことでクライアントとのコミュニケーションがよりスムーズになりましたね。

大沢さん 小出さんと紘大さん、お二方とも、今までの枠では定義できない職業だと思うんですよね。職業というか役割といった方がいいかもしれません。

お二人が建築やデザイン業界の従来の役割を超えながら柔軟に動くことで、今回のプロジェクトを円滑に進められたように思います。僕がお二人をリスペクトする部分です。

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僕は横浜での仕事もやっていますが、新潟のようなローカルだからこそ従来の領域を超えた職能が生まれているようにも感じています。それは全国にも発信していける価値のあることなんじゃないかと思っています。

小出さん 僕は大学で建築を学んでいましたが、卒業後はずっとデザインをしていて、建築の現場のことがよく分からないんですよ。ガチガチの建築家の元でつくれるタイプではないし、職人さんとのやり取りや現場の工程がどう進むかも分からない。そんな中で、二人は場の調整とか僕ができないことを全てやってくれるんです。分からないことがあれば教えてくれるし(笑)。

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自分の仕事をしっかりやらなきゃというプレッシャーを感じつつも、伸び伸びと仕事ができました。二人のおかげですね。

大沢さん 今小出さんが話していた、自分の得意とする仕事にリソースを集中できるというのは大事なことですよね。僕らは3人で建築チームとして動くことで、それぞれ自分が得意とすることに集中できました。

一般的に建築の仕事をしていると、得意分野じゃないことにリソースを割かなければいけないことはけっこう多いと思うので。

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――SANのプロジェクトを通して、印象に残っているエピソードはありますか?

小林さん 完成した後に、ヒッコリーのみなさんが完成パーティーを開いてくださったんです。その時に、設計・施工に関わったメンバーを呼んで頂いたんですけど、現場で一緒に汗を流したみんなで飲んだお酒がうまかったですね。

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大沢さん そうですね。ヒッコリーのみなさんが作る人をリスペクトしているのが伝わってきたのが印象的でした。僕たち建築チームだけでなく、ヒッコリーのみなさんと施工にあたる職人さんの関係性が構築されていく現場でしたね。そういう現場は少ないと思います。

小出さん 僕が働いていた場所ですけど、ヒッコリーのみなさんは普段からものを作っているので、作りながら考えていくし、僕たちも現場を作りながら考えていく。今も運営をしながら考えている。そういう点も面白かったですね。僕自身もまだ残工事があって、作業を続けているところです。

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小林さん あと、プロジェクトを一人で請け負うと、クライアントに対して一人でプレゼンをして一人で質疑応答することになるんですけど、今回大沢さんと二人でプレゼンをしたことで提案に厚みが出たのも印象的でした。

大沢さん さらに、クライアントであるヒッコリーさんも含めて一つのチームで取り組んでいた感覚があったのも、SANのプロジェクトの特徴ですよね。

「ここをどういう場所にしていくか?」というソフトの部分から実際の空間まで一緒に議論をしていくことができました。

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小林さん 最初に関わるメンバーみんなで、この建物の片づけや草刈りを一緒にやったのも良かったですね。そこでチーム力が高まったと思います。

 

――ありがとうございました。では最後にみなさんから、今後の展望などを一言ずつお願いします。

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小林さん 僕は今回のプロジェクトでは、建築のプロセスを1から10まで分解した上で、3人がそれぞれ得意分野で力を発揮できたのが良かったと思います。

小さな個人がチームになることで大きな仕事を請け負うことができますし、仕事をどう分解するかという編集力が重要だと思いました。今後経験を積みながらそのスキルを磨いていきたいですね。

大沢さん 今僕が建築をする上で一番大事にしたいのが「誰と、どうつくるか?」ということ。

「僕がこうやりたい!」じゃなくて、関わるメンバーと対話をしながらいろいろなことを決めていきたいと思っています。さらには、建物がある街もリスペクトしながら、場のデザインや空気感をつくっていきたいですね。

もちろん、関わる人が増えるほどプロジェクトの難易度は上がっていきますが、そういったジャズセッションのような場のつくり方は、東京のような大都市よりも新潟のような地方都市の方が実現しやすく、それが地方の魅力だと思っています。

小出さん 僕は自分からどんどん動いて人と繋がっていくのはあまり得意じゃないんですよ。でも、自分が手を動かすことで誰かと繋がっていくことができています。現場で一緒に作業をしている作家さんや職人さんと出会い繋がったりとか。

今回は、その場をつくってくれている大沢君や紘大君のおかげで、僕は自分の仕事をしながら他の職人さんとの繋がりを楽しんでいました。手を動かすことでチームに貢献しながら、これからも仕事をしていけたらと思います。

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今回のSANのプロジェクトでは、小林さんが全体のコーディネートやマネジメントを、大沢さんが設計を、小出さんが造作家具等の造り込みを担当。他にも施工を担当した株式会社Ag-工務店をはじめ、多くの職人が関わり完成しました。

一つの会社がプロジェクトを丸ごと請け負うのではなく、専門性の高い個人が集まってチームをつくり、役割分担して円滑に仕事を進めていく。ピラミッド型の請負構造ではなく、関わるメンバーがフラットかつ柔軟に動くアメーバ型の組織であることも特徴です。

メンバー全員が自分の特技を活かしつつ、プロセスを楽しみながら進めた建築プロジェクト。多くの人を巻き込んでいく街づくりにおいては、特にその強みを生かせる在り方と言えそうです。

取材会場 複合施設『SAN
住所:新潟市中央区古町通3番町653
電話番号:025-378-0593

写真・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平

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鈴木 亮平

新潟市在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。