【インタビュー】古町エリアの中古マンションをフルリノベ。車を持たず街なかを満喫する暮らしの魅力とは?

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鈴木 亮平

新潟市在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。

新潟市中央区の中でも、繁華街・古町に徒歩数分で行ける中古マンションを購入した稲葉さん夫婦。「このマンションは1985年に建てられたんです。僕と同い年なんですよ」と夫の一樹さんは話します。

一樹さんは地方公務員。妻の莉加さんは近くのお店で働いています。共に職場は自宅から徒歩数分の距離にあるそうです。

2022年の年末にリノベーション工事を終え、約60㎡の部屋は大きく変貌を遂げました。

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以前の間取りは2LDKで、空間が細かく分断されていましたが、リノベーション後は部屋の大部分がワンルームになりました。

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グレーカラーですっきりとまとめられた室内は、シェアオフィスやコワーキングスペースのような趣きがあります。

どのような意図でこの部屋をつくりあげたのか?稲葉さん夫婦と、設計を行った大沢雄城さんにお話を伺いました。

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稲葉一樹さん・莉加さん

一樹さんは新潟県村上市出身。地方公務員。都市経営プロフェッショナルスクール公民連携課程修了。個人の活動として「8BANリノベーション」というエリアリノベーションプロジェクトを行っている。

莉加さんは新潟市出身。近所のお店に勤務。サスティナブルやエシカルなライフスタイルに関心がある。フレキシタリアン基本は植物性食品を中心に食べるが、時には肉・魚も食べる柔軟なベジタリアンスタイル)。

 

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大沢雄城企画設計事務所 大沢雄城さん

1989年9月生まれ、新潟市出身。横浜国立大学建築学科卒。卒業後、オンデザインパートナーズ(横浜市)に入社。2021年に新潟に拠点を設け、横浜と新潟の2拠点で活動を行っている。新潟市中央区西大畑町にある自宅兼事務所は、築40年超の空き家をリノベーションしたもの。横浜ではまちづくりを中心とした設計を、新潟ではまちづくりとリノベーションに力を入れている。

 

――まずは今回のマンション購入とリノベーションの経緯を教えて頂けますか?

稲葉一樹さん(以下一樹さん) 僕は10年以上車を持たない生活を続けていて、それが自分にとっても社会にとってもいいことだろうと考えて実践してきました。

以前は関屋の住宅街にある賃貸マンションに住んでいたんですが、お気に入りのお店の多くが古町エリアにあり、よく会う友達も古町エリアにいて、自分が住んでいる場所と活動するエリアが分断されていると感じていたんです。

そもそも僕は住宅街よりもいろいろなものが混じり合っている場所が好きでしたし、もっと職住近接の暮らしがしたいとも思っていました。

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一方妻は環境問題に関心があり、その視点で街なかに住むことに共感してくれました。

ただ、元々妻はいつかは戸建ての家を持ちたいと考えていて、逆に僕は一生賃貸に住みたいと考えていたんです。その折衷案が、街なかのマンションを買うことだったんですよ。

はじめは新しい分譲マンションを見に行ったんですが、それらがすごくいいなあと思う一方で、自分がそれほどワクワクしていないことにも気づきました。

そこで、中古マンションを購入してリノベーションし、自分たちが好きな空間をつくろうということになったんです。

物件を探していく中で、僕も妻も窓がたくさんあるこの部屋が気に入り買うことにしました。1,000万円以下で買えて、古町に徒歩で行けるところも決め手になりましたね。

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――莉加さんは戸建てではなくマンションで大丈夫でしたか?

稲葉莉加さん(以下莉加さん) 元々は戸建て派だったんですが、夫と何度も何度もディスカッションをしているうちに、「戸建ての持ち家にしてしまったら、そこから離れるのにものすごく体力を使うのではないか?」と思うようになりました。

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よく考えたら、自分が今後同じ家に一生住み続けるイメージが湧かなかったですし、自分の実家を見ても、使っていない子ども部屋がある家に母が一人で住んでいる状態です。

それで、「その時々の暮らし方に合った住まいに移り住むのがいいのでは?」と考えるようになりました。

マンションであれば、将来的に売ったり貸したりしやすいのかなと思ったこともマンション購入を決めた理由です。

 

――では次に、リノベーションを大沢さんに依頼した経緯を教えて頂けますか?

一樹さん 僕は元々このエリアで「8BANリノベーション」というエリアリノベーションを行っていて、一緒に取り組んでいる友人が「横浜で場づくりやリノベーションに関わっている人がいる」と言って紹介してくれたのが大沢さんでした。その後、大沢さんに8BANリノベーションのイベントにも関わって頂くようになりました。

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8BANリノベーションのイベントの様子。(写真提供:稲葉さん)

僕はまちづくりに興味がある人間なので、自宅のリノベーションでも顔の見える人に関わってもらいたいと思っていましたし、それなりのお金をかけることですから、全く知らない人ではなく身近な人にお金を払いたいという思いもありました。

それで大沢さんにお願いしたんです。そんな僕の意図を汲んで、造作家具などは大沢さんの方でつながりがある新潟の人を巻き込んで進めて頂きました。

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――リノベーションをするにあたり、大沢さんにはどのような要望を出しましたか?

一樹さん 住まいが自分にとってどういう目的を果たす場所なのかと考えた時に、一番大事なのは睡眠だと思ったんです。

睡眠に関する本を読むのも好きで、部屋が真っ暗であること、空気が循環していること、音がしないことの重要性を知っていましたので、そういう寝室をつくってほしいとお願いしました。

それ以外の空間は妻の要望が中心で、キッチンを中心にした間取りや、ヌックが欲しいといったことを伝えました。

部屋そのものがどうなるかというのも楽しみなんですが、それ以上に打ち合わせやつくる過程を楽しみたいということもお伝えしましたね。

それから、将来的に売却したいという話をしました。夫婦+子ども2人が僕たちのライフプランですが、今後子どもが生まれて子ども部屋が必要になったら別の場所に引っ越し、この部屋は売ったり貸したりできたらと考えています。

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莉加さん 子ども部屋が必要なのは10年くらいだと思うんですけど、その10年だけのために自分たちがつくりたい空間を我慢するのはもったいないと思ったんです。それで、あえて子ども部屋はつくらず、ワークスペースなど、今私たちが欲しい空間をつくって頂きました。

一樹さん デザインに関しては、僕たちはシンプルなものが好きなんですが、素材や造形にちょっとクセがあるといいなとか、色はくすんだグレーがいいなとか、好みを伝えていきました。

あとは大人数でも集まれるようにベンチがあったらいいなあといった希望もリストに入れてお伝えしました。

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――どんな暮らしをしたいか?というイメージがとても具体的だったんですね。その要望を受けて、大沢さんはどのような提案をしたんですか?

大沢さん 稲葉さん夫婦は暮らし方のビジョンががすごく明確で、「なぜマンションリノベなのか?なぜ街なかで暮らしたいのか?」というのをすごくロジカルに考えていました。一つ一つの要望もとても整理されていたので提案がしやすかったですね。

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僕はプレゼンをする時、最初にビジュアルのイメージを見せるのではなく、暮らしのイメージに基づいたストーリーを言葉で表現して見せるようにしています。

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稲葉さん邸リノベーションにあたり、大沢さんが作ったプレゼンシートの1ページ目。

今回、「街なかで暮らす」というのがテーマですが、街の魅力って、路地裏でばったり誰かと会うとか、ちょっとしたパブリックスペースでお話をするとか、そういうところにあると思っています。

そこにある大らかで自由な空気を家の中でも感じられるようにすると、街と一体感を得られる暮らしが実現できるのではないか?と考えたんです。

そこで、水回りなど暮らしに必要な機能を固めた「ユーティリティスペース」と、開放的で大らかな「パブリックリビングスペース」に空間を分ける提案をしました。

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ユーティリティスペースは天井が張ってあるんですが、パブリックリビングスペースは天井を一部現しにして開放感をつくり出しています。

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キッチン、ダイニングを中心にしたパブリックリビングスペース。

莉加さんがエシカルな暮らしに関心があるということで、床の大部分は自然素材由来のリノリウムで仕上げています。材料となる植物が成長時に二酸化炭素を吸収しているため、カーボンニュートラルなんですよ。

 

――設計意図がとても明確で分かりやすく表現されていますね。玄関に入ってすぐの空間も個性的です。

大沢さん まず玄関に入るとすぐ目の前に洗面台があります。実はこれは洗面脱衣室を広くするためでもあるんです。

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はじめ「ガラス張りの浴室にしたい」という要望があったんですが、話を聞くと、そこには「洗面脱衣室を広くしたい」という意図がありました。であれば、洗面台をいっそ玄関前に持ってくれば脱衣室は広くなりますし、洗面スペースも広くなります。

ただし、「玄関前に洗面台を置くならインテリアとしてかっこいいものにしたいね」という話になって、モールテックスで仕上げることにしたんですよ。

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そして、その先にはお二人が希望していたワーキングスペースを造作しました。

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莉加さん ダイニングテーブルにずっとパソコンを出しているのが嫌で、専用のデスクが欲しかったんです。

一樹さん 要望リストには「ワークスペースは3名座れたら最高。コンセントはふんだんに。ZOOM時の背面も気になります」と書いていました(笑)。実際に広くて使いやすいですね。

僕はよく早起きして、ここで1時間くらい作業をしています。このような専用のワークスペースがあると集中力を高めやすいです。

大沢さん 僕は顔が見える関係性を大事にしていて、このデスクや隣のベンチの造作は以前古町の『SAN』のプロジェクトを一緒に手掛けた小出真吾さんにお願いしました。

【インタビュー】異なるスキルを持つ個人が結集。上古町の複合施設『SAN』建築プロジェクトチーム。

具体的にどんなデザインのものをつくるか?の前に「小出さんとつくること」を稲葉さん夫婦に提案しています。「誰とつくるのか?」を大事にしたいと思っていたからです。

 

――「何をつくるか」の前に「誰とつくるか」を決めるというのが斬新です。そして、ワーキングスペースの先が「パブリックリビングスペース」ですね。とても奥行感がある空間に驚かされます。

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大沢さん 「キッチンをコミュニケーションの中心にしたい」という莉加さんの要望を受けて、空間の中心にキッチンを配置しています。

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キッチンの奥は洗面脱衣室と浴室です。

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この洗面脱衣室には一応小さな手洗い器もありますが、この場所は脱衣室兼洗濯室という位置づけです。

ダイニングの後ろの壁面は左官材で仕上げた収納で、キッチンに近い収納は可動棚が付いたカップボードになっています。

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それから、既存のアルミサッシ窓の手前に木製の内窓を付けました。この木製窓には、断熱性能を高めることと、アルミサッシの存在感をやわらげることの2つの目的があります。

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――さらに奥に行くと居心地の良さそうな造作のソファがありますね。

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大沢さん 「ヌックが欲しい」というご要望があったのですが、ヌックをつくるにはそれなりの広さが必要になります。そこで、このような広めのソファを提案したんです。多様な居場所やよりどころをつくることにもつながっています。

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このソファのクッション部分は家具工房のISANAさんにお願いしたもので、お二人と一緒に秋葉区の工房に行き、生地を決めました。

ちなみにこのクッションの中には、ISANAさんの工房で出たおがくずが混じっているんですよ。

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クッションの中身をどうしようか相談していた時に、「羽毛は触り心地がいいけどエシカルではないよね」という話になり、さらに雑談をしていく中で、工房で大量に出るおがくずの処理に困っているという話を聞きました。

それで、おがくずをクッションに使えばゴミを減らすことにもつなげられるということで、実験的に作って頂いたんです。

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それから、ここの床は無垢フローリング専門店のアンドウッドさんのオーク材を使っています。これも僕から「アンドウッドさんから買いましょう」と言って、一緒にアンドウッドさんのショールームで選びました。

たくさんのサンプルを見せてもらい、代表の遠藤さんと会話をしながら選ぶ体験も楽しんでもらいたいと思ったからです。

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――新潟で素敵な仕事をしている方とコミュニケーションをしながら家具やフローリングを選ぶ。そのプロセスがあることで、部屋に一層愛着が湧きそうです。あとは寝室が気になりますね。

大沢さん ソファの向かい側は湾曲した壁になっていて、その中が寝室です。

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とても珍しいケースですが「光が入らない空間にしたい」というご要望でしたので、引き戸を閉じると真っ暗になるようにしました。内側の壁を黒く塗装することでさらに暗くなるようにしています。

ちなみに壁塗りは稲葉さんが友達を呼んでワークショップ形式で行ったものなんですよ。

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壁塗りワークショップの様子。(写真提供:稲葉さん)

寝室というよりはメディテーションルームのようなイメージを目指してつくり上げました。

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――60㎡の空間にたくさんのこだわりや想いが凝縮していますね。街なかで暮らし始めてどんなことを感じていますか?

莉加さん 勤めている職場の人たちがわりとみんな近くに住んでいて、街で会うことも多いんです。“仕事”と“プライベート”を分けないこの感じが好きです。

以前は「自宅は休むところなので職場から離れていた方がいい」と思っていたんですが、今は逆ですね。職場のメンバーが近くに住んでいることで自ずと共通の話題が増えますし、とても温かい気持ちになります。

一樹さん 僕も同じ感覚です。街で飲んでいると知り合いにばったり会うことも多いですね。大沢さんにもよく会います(笑)。

それから、8BANリノベーションとして、近くの「WORKWITH本町」にオフィスを借りたことで、メンバーと会う機会が増えました。8BANのメンバーは自分でイベントをやる人も多くて、そこに遊びに行くのも楽しいですね。

街なかに住んだことでそういう生活がしやすくなりました。以前とはフットワークの軽さが全然違います。

大沢さんと「街なか暮らし」を発信していきたいねと話しているんですが、それを楽しそうだなと思う人が街に引っ越してきてくれたらうれしいですね。

それは街にとってもいいことですし、そうなると僕の生活もまた豊かになります(笑)。そういう循環をつくりたいです。

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莉加さん 私たちは人と関わるのが好きなので、いろんな人と関われる街なかに住むのが合っているんだと思います。

一樹さん それから、僕は車なしの生活をずっと続けているという話をしましたが、例えば県外から新潟に移住をしようとしている人が、車を持たない街なか暮らしを選べば、移住の経済的なハードルを下げられると考えています。

もちろん車は便利ですが、車がなければ狭い範囲で自分の行動を考えるようになります。近くのお店やイベントに遊びに行けば人との関係性が深まりますし、住んでいる地域にお金を落とすことにもつながります。それは街にとってもいいことだと思うんです。それに、車が必要になった時はレンタカーやカーシェアリングを利用することもできます。

この中古マンションのリノベーションは実験でもあるんですよ。新潟市に移住をしてみたいと考えている人に、こういう暮らしの選択肢もあるということを伝えていきたいです。

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「地方暮らしには車が必要」。そんな固定概念がありますが、稲葉さん夫婦は、車を持たなくても楽しく暮らせることを教えてくれます。

車のない暮らしは一見不自由そうに思えますが、車の初期費用や維持費から解放されているという意味では、むしろ自由であるともいえます。

手頃な価格の中古マンションを購入し、自分たちの趣味やライフスタイルにあった空間にリノベーション。そして、その部屋と一生を共にするのではなく、将来は売却をして別の場所へ移り住むという選択肢を持っておく。そんな身軽さもマンションの特長です。

新潟の街なか暮らしやマンションリノベーションに興味がある。そんな人は稲葉さんや大沢さんに気軽にFacebookやInstagramのDMを送って相談してみてはいかがでしょうか?

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稲葉一樹さん(twitterInstagram

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大沢雄城さん(Instagram


取材協力:稲葉一樹さん・莉加さん、大沢雄城さん(大沢雄城企画設計事務所)

写真・文/Daily Lives Niigata 鈴木亮平

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鈴木 亮平

新潟市在住の編集者・ライター・カメラマン。1983年生まれ。企画・編集・取材・コピーライティング・撮影とコンテンツ制作に必要なスキルを幅広くカバー。累計800軒以上の住宅取材を行う。